第8話 優しい陽だまり

 エリには、肩のところが少し温かいような気がした。

 温かい、というより、暖かい。

 優しい陽だまりの中にいるような心地。

 この陽だまりの正体を探ることに意識を集中させていたら、視界がぼやけてきた。


「ああ。エリちゃん。おはよう」

 雑賀は濃い茶色のセーターを着ていた。

「おはよう、ございます?」


「気持ち良さそうに寝てたいたよ」

 エリが体を起こすと、肩からずっしり重いものがごとりと落ちた。

「ん?」

 雑賀が手を伸ばして、落ちたものを拾い上げた。

黒くて大きな布――詰襟だった。


「風邪引くといけないと思ったんだけど、他にいいものがなくって」

「それ、センパイのですか?」

「うん、そうだよ?」

 雑賀の言葉には「それがどうかした?」という意味が含まれていた。

「……どうりで、ぽかぽかした中にいるなーって思ったんです」

「温かかくなっていたんだね。それなら安心だよ」

 雑賀は自分の詰襟に袖を通した。


「そうじゃ、ないんです。なんかこう、暖かい空気に包まれた、温泉に浸かっているみたいな、ぽかぽかっと……」

 エリはまだ完全に覚醒していない頭を回転させて、適切な言葉を見つけようとしたが、かえって分かりにくくなってしまった。

「エリちゃん?」

 エリは起こした上体を、またもや机に倒してしまった。試験勉強の疲れが溜まっていたらしい。

「私、センパイの暖かいの、すごく、落ち着くんです……」

「えっ?」

 エリは再び眠りの世界へと出かけてしまった。

 

 束ねていない、亜麻色のミディアムヘアが、机の上に放射線状に広がっている。

 雑賀はエリの頬にかかった髪を耳にそっとかけた。

 雑賀の指先には、冷たく、さらさらとしたエリの髪の感触が残っていた。


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