第6話 星野エリへの差し入れ
「差し入れ?」
「ええ。購買のたまごサンドとルイボスティーです。私の好み、どストライクで感動しました!」
「それは良かったねー」
雑賀は、熱弁するエリを見つめながら、頬杖をついた。
「でも、少し不思議だったんですよね……」
「何が?」
「いや、気がついたら机の上に『練習、お疲れ様です。差し入れです。』っていう紙のついたレジ袋にさっき言ったものが入っていたんですけど、後で同好会の子にそのお礼を言ったらきょとんとされちゃって。もしかしたらアレ、私宛てじゃなかったのかもしれないです! 本当は誰か別の人のためだったものを、私が勘違いしちゃって食べちゃったような気がして。もしそうなら、申し訳ないなーって思っているんですよ」
エリは語彙力の無さを身振り手振りで補うために少し大げさに振舞った。顔の表情筋も最大限、駆使した。
そんなエリを雑賀はおもしろそうに見ていた。
「まあ、エリちゃんならありそうな話だね」
「笑い事じゃないですよー。それにありそうって、そんな。私は拾い食いをするような人間じゃないですって」
「落ちているりんごをとりあえず食べてみる、ヒト科エリちゃん」
雑賀は自分で言って、自分で笑いの壷にはまってしまっている。
「そ、それ、馬鹿にしてますよねっ! 私はもっと、こう、知的生命体なんです!」
「知的生命体ね。はいはい」
なおも笑い転げている雑賀にエリはむっとした。
「だいたい、あんな分かりにくい差し入れをする人が悪いんです! 差し入れならもっとどうどうとすべきです。誰宛なのかとか、誰よりとか。そういった基本的な情報が抜けすぎです!」
「送り主は、正体を秘密にしたかったのかもしれないよ?」
今度は本当の笑い涙がでたので、雑賀は自分の袖で拭った。
「ケチ臭いです! せっかく差し入れっていう媚を売るチャンスなんですよ?」
「なるほどね。送り主には下心はあったけど、自分の身元を明かす勇気はなかったわけだね」
「情けないの極みです!」
「送り主もさんざんな言われようだ」と雑賀は自分のこめかみを掻いた。
「でも、見事、私の好物を献上したことだけは褒めて遣わします」
「そうだね。購買の飲み物は十二種類で、サンドウィッチは三種類だから、三十六通りか。三十六分の一を引き当てた送り主は運がいいのかな。あ、でも、購買にはサンドウィッチのほかにも軽食はあるから、実際はもっと確立が低くなるね」
雑賀は感心して頷いていた。
「まあ、偶然でよね」
たった四ヶ月前のことなのに、エリは懐かしい気分になった。
あんなこともあったなと、過ぎた時間に想いを馳せることができるということが、自分もこの学校の一員になりつつあることを実感させた。
まだ出会って半年ほどしか経っていない先輩と、こういう話ができることも、エリには嬉しかった。
「でも、偶然ではないかもしれないよ」
物思いにふけり始めようとしたエリは唐突に、現実へと引き戻された。
「どういうことですか?」
「だって、何百ってある購買の商品の組み合わせの中から、エリちゃんが好きなものをピンポイントで選ぶ確立って、かなり低いと思わない?」
「どうしちゃったんですか。確立が低いから偶然ってことなんじゃないですか?」
「いや、まわりくどかったね。もしかしたら、送り主はエリちゃんの好きな食べ物を知っていたんじゃないかな?」
雑賀は人差し指を一本、ぴんっと立てた。
「それは……ないことはないと思いますが、同好会に私の好きな食べ物まで知っているような人はいなかったはずです」
エリは同好会のメンバーの顔を思い浮かべたが、特に親しい顔ではなかった。
「同好会の人とは限らないんじゃない? 例えば、エリちゃんの隠れたファンとか」
「あっはは! やめてくださいよ、ジョークにもなってないですよ!」
今度はエリのほうが笑い転げてしまった。雑賀が神妙な顔をして言ったことが、エリの笑いを加速させた。
「いてもおかしくないんじゃないかな。ほら、エリちゃん、有名人だから」
「有名人が必ずしも人気者ということはないですよおーっと」
エリはぐーっと、伸びをした。
「エリちゃん、自己分析は大切だよ。周りからどう思われているかとか、どう見られているかとか、気にしすぎるのはもちろん良くないけど、ある程度は知っておいたほうがいいと思う。でないと、自分を過小評価していることにも気づけないよ」
雑賀は自分のショルダーバッグからノートとペンを取り出して、何かを書き出した。
「そーっくり、そのまま、センパイにお返しします!」
そう言って、エリは机につっぷしてしまった。
狭い部室に、ノートとペンの摩擦で生じるきゅっきゅっとした音だけが生まれていく。
エリは雑賀が何を書いているのか気になったが、少し眠気がしたので、自分の睡眠欲を優先した。
すぐ近くに雑賀がいるから、肌寒い日であるにもかかわらず、適度な暖かさだった。
エリはまどろみの中で、東光学院を受験した日の自分をみた。
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