第5話 エリの一芸
エリは小さい頃からピアノを習っているのだ。
飽きっぽい性格のエリが、唯一、今でも続いている習い事だ。
「でもそんな、一芸って呼べるほど上手くないですよ」
「あの演奏でそう言うのは、謙遜かな?」
「あのときは偶々、上手く弾けたんです」
エリは文化祭の日、合唱同好会の伴奏を代理で行った。
三日前になって、伴奏者が指を怪我してしまい、同好会の会長が血眼になって代理の伴奏者を探していたが、文化祭も目前に迫っているときに誰も引き受けはしなかった。
その話が実行委員のミーティングにも持ち上がったとき、エリに白羽の矢がたったのだ。エリのことをいまいち良く思っていない三年生が、どこから聞いたのか、エリがピアノを弾けることを知っていて、推薦したのだ。
エリは当然、断ろうと思ったのだが、四月の一件以来どうも三年生からの風あたりが強いので、従わざるを得なかった。
幸い、曲は何度も聴いたことのあるもので、自身も中学の合唱コンクールで歌ったことがあったため、譜読みは難なくすすんだ。当日は、自分でも驚くほど気持ちよく弾くことができ、同好会のメンバーからは恩の字だった。
さらに、事情を知っていた人たちがエリの功績を広めてくれたので、晴れて、三年生のきつい視線から解放された。終わりよければすべて良しとはこのようなことだろう。
この一件から、エリはピアノが上手な人として、またもや校内で有名になってしまった。ピアノに関しては、普段は威張れるほどの実力を有していないため、エリは素直に喜べなかった。
「ああやって、さくっと弾けたらかっこいいよね」
「さくっとっていうわけじゃないです。それなりに泥臭い過程があっての、アレですから」
エリは、クラスのみんなが出し物のオバケ屋敷の準備に精を出している間、ずっと一人で音楽室にこもって練習していたのだ。
「知ってるよ。エアコンもつけないでピアノにかじりついていたよね」
「ええっ? 見てたんですか? 全然、気づかなかったです」
「集中していたからね」
「でも、エアコンはさすがにつけていましたよ。音楽室は確か、涼しかったです」
「じゃあ、誰かがつけたのかもね」
エリは首をかしげた。
「まあ、最初に音楽室に入ったときは暑かったです。うげって思いましたもん」
「あはは。音楽室は一番、日が当たる場所だもんね」
エリは唐突にはっとして思い出した。
「そういえば、あのとき、誰かが差し入れをくれたんですよ!」
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