十、後悔 -あなたの隣にいていいですか

「こら、花勉強しなさい」

 ベッドに横になってスマホを眺めていたウチに怒りが飛んでくる。

「うっさいなぁ、これからしようと思ってたのにそんなん言われたらする気なくなるじゃんかー」

 あきれたように親は扉を閉めていった。


 夏の終わり頃、ウチのスマホには規制がかけられた。おかげで24時以降はメッセージも返せなくなったし、様々なアプリが開けなくなり、ソーダの配信にも足を運べなくなってしまった。


 毎日毎日、学校が終わっては塾。友達と遊ぶ時間ひますら無くなってしまった。

 少しでも疲れた体を休めようと思って、ベッドに横になると「勉強はいつするの?」と言われてしまう。

そんな些細ささいな言葉もストレスになってしまう。

そんな生活を送っていると、イヤでも成績は上がっていった。

大っ嫌いな英語のテストが7点から47点までは上がったし…。


 規制がかかったといっても、メッセージは見れるし、みんなの通話に交ざることも出来た。

 朝は電車に揺られながら英語の単語帳を開きながら寝る。うとうとしていると単語帳がパタッと落ちることもある。

 隣に座っていた友達が単語帳を静かに拾って最寄りの駅に着くと起こしてくれる。だから寝過ごす心配もなく、しばらくはこのスタイルで登校をしている。


 今日も恐らく通話があるだろうな。とお昼休みにこっそりトイレにスマホを持ち出して昨日のメッセージを見る。

「ハナちゃん、最近よくお昼休みトイレに行くよね、どうしたの?」

と聞かれたこともあったが、テキトーに返事をして誤魔化ごまかしている。この学校は校内スマホの使用が禁止されていて、それが誰かにバレて先生まで伝わっていったら…。

その後は考えてたくなかった。


 そして学校が終わるといつも塾に行く。

 これはウチの今の日常、初めに規制をかけられた時はそれはそれは絶望した。

明日のご飯をどうしようか悩む主婦のように。でも意外と規制があっても今まで通りに生活が出来た。


――どうせもう二年の我慢だし。


 ウチにはやりたいことがある。昆虫の研究を詳しくしている大学があって、ウチは絶対そこに行きたかった。

 その為に今嫌いな英語の勉強だってしている。気持ちを再確認して塾の扉をくぐった。

そのこころざしはいくら強くても塾の机に向かうと眠くなってしまう。

 塾の大半の時間を寝て過ごしてしまい、宮さんに笑われてしまった。


 家に帰って風呂を上がるといつも通り特に何か用事がある訳でもない通話が始まっていた。

 最初はたわいもない会話だったけれど、今日は何故なぜかレートくんの元気がいつもに比べてなかった。

「ウチ、明日提出の課題やってしまうわ」

 提出用ノートとワークを机の上に広げかばんから筆記用具を取り出した。


 ウチが課題を始めての通話の雰囲気は変わることもないので、気にせず課題に取り掛かる。

 ペンをカリカリと走らせて数分、急にレートくんは話さなくなった。

あまりに急だったから、電波が悪くなったのだと思っていた。


 まぁ、レートくんの声がプツプツして聞こえなくなることはよくあることだったから、気にしていなかったけど、今回はあまりにも長すぎる。


 何かあったのかと思って通知を切ったスマホを手に取るとメッセージがグループに送られていた。

『Long life... tiresome.』(長生き…面倒くさいや)

英語が苦手なウチは“長い人生”くらいしか分からなかった。それに対してある程度英語がわかるバレ姉は『そんなこと言わないで』と返していた。


『I die before anyone else because I don't want to encounter it.』

(俺は誰かが死ぬところに遭遇したくないから誰よりも早く死ぬんだ)

続けてメッセージが送られてくる。“die”というワードにウチも何か察した。ソーダは送られてくる英語の内容を翻訳ツールを通して把握しようとしているみたい。

しばらくバレ姉とレートくんのやり取りは止まらなかった。

『I don't want to die weakly.』(俺は弱弱しく死にたくない)

『レート。頼むからそんなこと言わないで。お願いだから…。』

 目の前で繰り広げられている言葉のやり取りをウチにはどうすることも出来なかった。

無力感にさいなまれたまま机の上に転がった消しカスを見つめていた。ソーダはレートくんの言葉を理解してしまったがために言葉を発せなかった。

「レートくん。どうしたのさ…」ソーダが震えた声で言った。

『どうもしてないよ』

『功、ハナちゃんから何か言ってやってよ…。頼むレート…』

うちもソーダも何も言えなかった。


――その何も言えなかった自分が悔しかった。



気付いた時には俺は翻訳ツールを使って送った病みメッセージに対して、少し申し訳ないと思って「寝る」とだけ言って通話を抜けた。

そしてSNSに文字を投稿した。


―――

I'm tired (私はつかれた)

I'm sleepy (私は眠い)

Tomorrow won't come more (もう明日はやってこない)

Thank you all. (みなさん、ありがとう)

―――

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