八、説得 -何も出来ない私だけれど
『今日、友達とバーべーキューをしたんだー』と美味しそうに焼けたお肉と野菜の写真を添えてレートくんが教えてくれた。いつかみんなでしたいね。なんて話をしていた。
『僕がレートくんの方の大学に行けば来年遊べるね』
そっちに行きたい。という意味を含めた言葉を送る。
『俺がソーダの方に就職するか?』
きっとレートくんのは冗談。僕の気持ちは届いていないのかもしれない。
――レートくんの近くに行きたい。
打ちかけたが、送れないままメッセージを消した。そのまま携帯をポケットにしまった。その後、何度かポケットが揺れていた。
気付けば眠ってしまっていたようで、ポケットから携帯を取り出す。
『いつか遊べるといいね』
数時間前にレートくんが送ってくれていた。
ここで言い逃したらもう二度とチャンスは訪れないかもしれない。
『うん!遊ぼう!』僕はそれに続けた。
『僕ね、本当にレートくんの所の大学受けようかと思ってる』
すぐに返事が返ってくる。
『すげえ行動力だなぁ』
『まあ、あとは親を説得出来るかどうかなんだよね』
『もちろん止めとけって言われたでしょ』
『母さんはいいらしいけど、父さんは遠くないか?って言ってるみたい』
『まあ、そうだよね』
『父さんが大きな壁だよ。本当に、』
『見て育った大きな背中はいずれ大きな壁となるだろう』
レートくんは急にそんなことを言い出した。名言とか、格言なんかの類が好きな僕は感動した。
レートくんの言葉を称賛して一緒に
普段は厳しくて怒りっぽい父さんだったけど、それは僕を思ってのことだと今振り返ればわかるけど、当時は面倒だ、とかうるさいとしか感じなかった。その分、時として見せる優しさは僕の抱いた気持ちに後悔を加える。
僕ら佐藤家の大黒柱として、汗水垂らして働いて生活が成り立っている。その苦労がこの歳ながらにして想像できた。
だからこれ以上出費を増やさないために大学への進学も渋っていた。
それが今では大きな大きな壁として存在していた。
それをわかっていたかのようにレートくんの発言が出てきて驚いたけど、本当にカッコいいと思った。
来年は一緒に花火をしようだとか、あれをしよう、これをしようと今週末の予定のように話していた。
ひとまずレートくんは喜んでくれたみたいだけど、僕自身ホッとした。
向こうに行ってから「功と一緒なんて嫌だ。」と言われたらどうしていいのか分からない気持ちでいっぱいになるだろうから。
次はやっぱり父さんという大きな壁だった。
レートくんのように穏やかな話し合いにはならないと思っていた。しばらくはおばあちゃんの家に居ることになるだろうから、父さんと話すのはずっと先だろう。その間、僕は難しいことは考えなかった。考えすぎるときっとまたお腹が痛くなってしまうから。
短い夏休みも思っていた以上に満喫できた。これもきっとレートくんやハナさんのおかげなんだと思う。
短かった八月も終わりを迎えようとしていた。進路の変更を担任に伝えると「決断するのが早いな」と少し馬鹿にされたような口調で言われたけれど、あの時に決められなかったら今もきっと途方に暮れ、進路なんてどうでももいい、そもそも進学なんてせずに就職にしてしまおうか、とも悩み始めてしまう所だった。
だからこれでいいんだ。と自分に言い聞かせていた。書類も面倒くさい手順を踏んでようやく貰うことが出来た。
そんなに学校の
「功、明日釣りに行くんだけど、人では足りないんだ。お前も着いてきてくれないか?」
夕方に仕事から帰ってきた父さんが僕に話しかけてきた。父さんから僕に話しかけてくるのは珍しくて驚いた、けれどこれは絶好の機会だと思った。これを機に進路の話をしよう。僕はそう思って
「まぁ、いいよ?」と一つ返事をした。
「そうか、じゃあ今日のうちに下見に行ってしまおう。」
そう言って父さんに連れられて車に揺られていた。車内では父さんが楽しそうに釣りについて語る。
釣りに関しては連れられて行くことはあったけれど、ただ釣り糸を垂らして引き上げるくらいしかしないので、技術もなければ、知識もない、ましてや自分から行こうとは思わなかった。
だから父さんの話も頷いては聞くけれど、全然理解は出来なかった。
配信者として話を広げられなかったら楽しい配信にはならないから、配信者としてはアウトだな。と思った。
まぁ、父さんが楽しそうに話しているからそれでいいか。
それはさておき、いつ進路について切り出そうか悩んでいた。
進路の話となると、空気はずんと重くなるだろうから、この楽しそうな雰囲気をぶち壊すことになってしまう。と悩んでいた。
悩んでいるうちに現場の下見も終わり、そのまま帰路に戻ろうとしていた。
帰り道に楽しそうに釣りの話ばかりしていた父さんが少し真剣な声に切り替えて話しかけてきた。
「最近、どうだ?なんか話したい感じがするけど。」悩んでいたのが思っていた以上に表に出ていたようだ。
暗い田舎道を車のライトだけが先を照らしていてガードレールに車のライトが反射する。僕に今だ、言え。と勇気をくれた。
「んー。悩みっていう訳ではないけど・・・」
ガードレールという小さな存在に勇気をもらったはずなのに、その先が言えなかった。
「そうか。」
父さんもそっけなかった。
「でも話さなきゃ。っていうか話したいことはあってさ…。僕の進路の事なんだけど・・・」途切れ途切れになりながらもようやく口に出せた。
約一か月間、話し出せずにいたけれど、一歩踏み出せた気がした。
一通り話し終えると父さんは「なるほどなぁ。」と呟いた。
母さんからも話は聞いていたみたいで一から全ての説明は要らなかった。
「功がやりたいならやってみればいいさ、功の人生だから俺ら親っていうのは金を出してやるくらいのことしか出来ないからな。俺らがどう言ったって最終的に決めるのは功だ、」
その言葉には多少の不安も混ざっていたと思う。息子が遠く離れた地で一人暮らしをすること、その後の将来について確証がある訳でもないこと。色々含め心配なんだと思う。
「やるからにはやりきってしまえよ」
「うん!」
僕は希望の光を
それから僕は受験の為に必要な書類を提出し、受験へと赴いた。
「受験票を見せてください」
受験票を役員の人に見せ、通された部屋は狭かった。狭い部屋に机が四つ程置かれていて、自分の席は一番前の席だった。
試験監督が目の前にいて落ち着かない状態で試験を受けた。科目は現代文のみの一本勝負。泣いても笑ってもこの60分という試験時間に全てが詰まっていた。
後で自己採点をして「あ、漢字間違えた。」と一喜一憂していたが、受かっている。絶対に。と信じて受験地を後にした。
「結果は一週間後お知らせいたしますので。」
その言葉に恐怖を覚えながら家に帰る夜行バスに体を揺られていた。
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