七、はじめまして -あなたの思いを少しは私にください
『ソーダ。課題終わらないよー』
二十三時十二分、突然のメッセージの通知音に僕は驚いた。ハナさんからだ。
『がんばれー!!ハナさんなら終わるよ。』
『ありがとう。レートくんは終わってると思う?』
僕が知ってるレートくんなら、課題なんて手もつけていない。というはずだ。
『多分終わってないと思う。というか、終わってたら本当にレートくん?ってなると思う』
『みんなで課題やろー』
口火を切ったのはハナさんだった。全員が通話に参加する。よくある「友達の家で勉強する」というあのノリだろう。
通話を始めても誰も課題をする素振りすら見せない。
最近の出来事を話し合うだけの通話。
「バレ姉最近何してんだろうね。」
ふとレートくんが言葉にする。
「たしかに」
――この花火が見終わったら、しばらくは絡めないかも。
そう言ったきり現れなくなった。
レートくんが送ったメッセージにも既読はついていないみたいだ。
各々が勝手な憶測と妄想を膨らませてバレ姉の話をする。
そんな時、通話の画面を眺めているとバレ姉のアイコンがスッと出てきた。
「バレ姉!!」
声を張ってしまう。レートくんもハナさんもそれに気づいて声を出す。
でもバレ姉は話さなかった。
「バレ姉・・・?」
少ししたらメッセージが送られてきた。
『すみません。声が出せないのでメッセージで失礼します。』
普段のバレ姉だったらもっと砕けた言い方をする。なのに今日の言い方はなんか変だと思った。
初めて絡むかのようなよそよそしいメッセージに心地の悪さを感じた。恐らく、レートくんもハナさんも同じ気持ちを共有しているに違いない。
「どうしたバレ姉」
レートくんの問いにバレ姉が答える。
『君たち、誰ですか?』
――全員が言葉を失った。
絞りだすかのようにやっと出た「え。」という言葉が部屋に吸い込まれて消える。
『メッセージのやり取りを遡ってみるかぎり大分仲の良いというのは分かるのですが。』
弟って私が呼んでいるのは何故ですか。君たちとはどうやって知り合ったのですか。
何歳ですか・・・。
カレンダーを見てみるけど、今は八月だった。何度確認してみても八月だった。
――記憶がない・・・?
にわかに信じ難いことではあった。けれども冗談ではないというのも文面から伝わってくる。
真夏だというのに冷や汗が止まらなかった。
落ち着く時間が必要だった。状況を整理する時間が…。
真っ先に口を開いたのはやっぱりレートくんだった。
「俺は
冷静に、そして淡々と自分の情報を伝える。それに続いて僕、ハナさんと自己紹介をしていく。
『なるほど、私はニコっちライブでバレーソンという名前で――』
バレ姉も今の自分の状況を確かめる。
その後、二時間くらい
少しずつ。ゆっくり、また一からやっていけばいいよね。
「あ―暑いぃ。今日も塾かぁー」
電車の定期券を改札口に通しながら呟く。
「ウチの家まだエアコンついてなんだよ。考えられないよね。」
隣を歩く
「今年いつも以上に暑くなるって昨日ニュースで言ってたよ。」
もうすでにウチは溶けそうだよ・・・。
「早くエアコンの工事終わるといいね」
向日葵のような力強い笑顔を向けてくる。
駅の方から塾の方に歩いていたら電信柱に蝉が止まっていた。
「よっと。」
手を伸ばしてつかみ取る。
「唯月ちゃん見て!ミンミンゼミ!!」
蝉をつかんだ手を唯月ちゃんの前に差し出すと
「ひゃっ!ハナちゃん・・・」
唯月ちゃんは驚いて飛び跳ねた。
イヤな顔は見せないけど、寿命が三秒は縮んだ。というような顔をしている。
「ごめんごめん」
ウチは昆虫が好きで目に付く昆虫には触りに行かずにはいられない。
女子では珍しい部類だろうし、最近虫が好き。と言うと嫌な顔をされることも少なくない。なんでだろう。こんなに可愛いのに…。
「もう。ハナちゃんって本当に虫好きなんだね。」
唯月ちゃんは少し呆れた顔をする。
「うん!今週末な、虫捕りにいくんだー」
毎週、弟たちを連れて虫捕りに行くのが今シーズンの楽しみだった。いつもはウザい弟らも虫捕りに行くとなると頼もしい仲間だ。
今週はどんな虫が捕れるかな。とワクワクしていると塾の前に着いていた。
塾の中のエアコンに期待して入る。が待ってたのは圧縮された熱風だった。
――暑い。
「
宮さんは大学生でこの塾でアルバイトをしている。長いことウチを担当してくれているので、それなりに親しかった。
「エアコンね。今壊れてるみたい。だからしばらくは暑いけど窓を開けて、だね」
汗の一滴も落とさず涼しそうな顔をしている。宮さんはどんな特異体質なんだろう。
「まじかー、涼しいって思って楽しみにしてたのになあ」
なんて小学生のように嘆いていると
「ほら、ハナちゃん宮さんの邪魔しないの。行くよ」
唯月ちゃんに耳を引っ張られ、じたばたするウチをみて宮さんは笑っていた。
ハナちゃん後でね。と手を振ってくれた。
息をするように緩やかに揺れるカーテンを眺めていた。暑かった。確かに暑かった。
――あの時もこのくらい暑かったな。
中学時代、独りで空を眺めるのが好きだった。授業の合間は毎回教室の窓を開けて空を見上げる。
風がない日は時間が止まったように景色が止まっていた。風が吹いている日は早送りの物語を見ている気分に浸った。
「ハナちゃん、なんでいつも空ばかり見てるの?」
クラスの男子に話しかけられたことがあった。なんでって言われても…。友達も多いわけではないけど、特別理由なんてなかった。
「そ、空が見たいから。」
「うん。空っていいよね。自由だし」
自由?空が?考えたこともない感覚に驚かされた。
「だってさ、空っていつも僕たちの味方なんだよ?大変な時も、楽しいときも」
「なんで?」
「空なら楽しいー!とかツライー!って言っても大丈夫でしょ?ありのままの僕らを受け止めてくれる」
「でも別にそれって
空の向こうにいる誰かの為に言葉を出しているわけでもなければ、帰ってくるわけでもないのに。とウチはその時思った。
「ハナちゃんは意外と頭固いんだね。否定も肯定もしないからいいんじゃないか、肯定すらもその人を追い詰めることもあるんだよ?」
どういう意味なのか、ウチは考えようともしなかった。
「僕、いつか空の向こうへ行ってみたい」
そう言った彼の顔はどこか
「行こうと思えば明日にでも行けるんじゃない?」
軽々しく発してしまった。
――その言葉が後に後悔を
その数日後、彼は学校に来なくなった。次の日も、また次の日も彼は来なかった。先生も周りの子も何も言わなかった。むしろ、そんな子がいたか?とでもいうように今まで通りの何気ない世界がただただ流れている。
きっと「空の向こう」へ行ったんだ。
真っ白な厚紙に一輪の花を描いて無駄に整頓された彼の机の中に入れてあげた。
――空の向こうへいる彼に届くといいな。
暑くて仕方のない日に彼は空の向こう側へと旅立った。
塾が終わってスマホを見てみると、仲良しグループにソーダが写真を送ってきていた。『暑かったけど、自転車漕いで写真撮ってきてみたよ』
写真にはもうすぐ紅色に染まりそうな橙色の空と広々とまっすぐ伸びる道路、左右に広がる田んぼ、少しも怠けていない電信柱が写っていた。
――わぁ。きれい…。
思わず息をのむ。スマホのカメラを空に向けてみる。夏を感じさせるような雲が笑って見えた。
「ハナちゃんの心遣い、ちゃんと届いてるよ」
空の向こう側へと逝った彼にそう言われている気がした。
パシャリ
二三枚撮った写真を仲良しグループに送った。
『夏ももうすぐ終わるのかもね』
まだまだ眠りにつくのがやっとな暑さなのに何を送ってるんだろう。と思ったけどすぐにソーダが肯定してくれた。
あと何回訪れるかわからない季節に儚さを感じた。
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