六、夜に咲く花 -私がいるよ

「ハナちゃんもグループに入れよーよ」

 平原花ひらはら はな、レートくんと同い年の女の子でいつも絡んでくれて面白い。

 ただそれだけだけど、グループに仲間入りした。レートくんが誘ってくれて、その話を僕がハナさんに話を通す。ハナさんは快く話を受け入れてくれた。


 グループを作ったからといって特別何かするわけではなく、ただ仲が良く談笑するだけなんだけど。


 流行り病のせいで短くなった夏休みをみんな少しでも楽しくしようと試みる。

レートくんは部活に釣り、ハナさんは散歩といって、海や山へ駆けていく。この頃バレ姉はグループにあまり顔を出さなくなっていった。


みんなが何かしらの形で夏休みを満喫するなか僕は――。


 何をするわけでもなかった。


 共働きの両親を持つ僕はおばあちゃんの家に預けられることが多かった。その名残なごりが今でも続いている。


 高校生にもなれば自分のことくらい出来る。けれど、おばあちゃん家に行くのも楽しみだったから、そこまで苦ではなかった。いていうならば荷物が多くて持っていくのが面倒くさいことくらいだ。

 おばあちゃん家に行くと、猫が出迎えてくれる。

 ニャーと甘く鳴いては僕の足の周りをうろちょろしてすりすりしてくる。なんて可愛いんだ。

「ほら、おうち入るよ。」

 しゃがみ込んで抱きかかえ家の扉を足で開ける。ガラガラという音をたてて開く扉が僕を迎え入れてくれる。


スニーカーを雑把ざっぱに脱いで茶の間へ向かう。

早く飯をくれと言いたげな顔で腕の中からニャーと鳴く。

「あー、ごめんごめん。今ご飯あげるから。」

抱っこに疲れて暴れだしそうな態勢になる。猫皿にカラカラとご飯を出してあげる。

「はい、どーぞ」


 ご飯の入った器を近づけてあげると、匂いを嗅いで安全なことを確かめると勢いよく食べ始めた。


「そんなに急いで食べなくたって誰も取らないよ。」


 少し離れたところにしゃがんで声をかける。

 この子は確かオスなんだよな。でも去勢きょせいしてオネエになったのか…?

 六年くらい前におばあちゃん家に拾われてきたけど、人間の年にしたらだいぶおじさんだ。


 おじさんが高校生に甘い声かけで擦り寄ってきたら警察沙汰じゃないか・・・?

僕らはそれを「可愛い」という。

これがヒトとネコじゃなく、ヒトとヒトだったら――。


 想像しただけで少し面白かった。


 「そういえば功、行きたい学校決まった?」

台所の方からおばあちゃんが声をかけてくれた。

「うん。まぁ」

今現在の進路を伝えた。

「そんな遠くに!?」

と驚かれはしたけど了解してくれた。


「父さんに話すのがちょっと気が引けてさ・・・。」

「んー。そっかぁ。でも今無理に話さなくてもいいんじゃないかい?もう少ししたら話せるようになるよ。大丈夫、おばあちゃんは功の味方だよ。」

「そうかなぁ。」


 何度おばあちゃんに励まされたか、僕はもう忘れた。

でも果てしないくらい救われてきた。


 世の中の“孫が可愛い”というのが何故なのか、僕にはわからないけど、それだけ大切な存在だ。ということは知った。


 その夜、夏の風物詩とも謳われる花火をした。


 友達を誘おうと思ってメッセ―ジを送るが、返事が返ってこない。受験生と言うのは本来こうあるべきモノなのかも知れない。


結局、日が暮れてもメッセージは返ってこなかった。


一人で配信をしながら花火をすることにした。



『綺麗~。花火いいな。』

 久しぶりに見たアイコンだった。


 バレ姉は今まで元気にしていたのだろうか。


『私さ、しばらく配信もメッセージも見れなくなるんだ・・・。』

「どうして?」

『持病が少し悪くなっちゃってさ。治療に専念しようかと思って』

「そっか。」


 なんと返すのが正解なのか分からなかった。


“心配”という気持ちを伝えたらバレ姉に更に不安を与えてしまうかもしれない。かといって元気に過ごすのも違う気がしてきた。

「頑張って、バレ姉なら大丈夫だよ・・・」

とっさに出た“頑張って”という言葉に後ろめたさが残った。

「・・・あんまり頑張って。っていう言葉好きじゃないんだけどね。こんな言葉しか出てこなかった。ごめん…。」


 近くに流れる川の音と遠くで鳴くカエルの声を背景にパチパチと弾ける線香花火だけが画面に映っていた。




 こうが花火をしていた。

吹き出し花火は買っていないみたいで、全てが線香花火だった。


 まだ夏の真っただ中なのに線香花火を静かに灯していく。

ただそれだけの配信を見ていた。


 私が花火を最後にしたのはいつだったっけ。

窓から明るい街の上にぼんやりと光る星を見た。


・・・私はいくつまで生きられるんだろう。

いつ亡くなってもおかしくはないよな・・・。


 急に落ちて消えていく線香花火と自分を重ねてしまう。


「あっ!見て…。見えるかな。蛍・・・」

 真っ暗な画面のまま弟はそう言う。


――私は生まれてから一度も蛍を見れずに終わってしまうのかな。


 静かに光って消えていく。

 あのはかなさすら感じずに消えていくのかな。

 蛍は生命活動としてあのお尻を光らせる。


 生きる為、必死に――


私は蛍のように生きれているのだろうか・・・。

なんともいえぬさびしさに浸ってしまう。


『最後はバレーソンミックスだろソーダ!!』

レートが変なことを言っている。

「おっけぇ!!バレーソンミックスな!」


弟はそう言うと余った線香花火をまとめて火薬の部分をぐるぐるして束にし始める。


え?何をしてるの?…ていうかバレーソンミックスって何?


「よっしゃぁ!バレ姉!これ見てすこしでも早く帰って来いよーー!」


 そういうと太くなった線香花火の束に火を着け始めた。


 数本前の線香花火より力強く燃えていた。


 あぁ。これなら私も元気を出せるかもしれない。


 今、私は遠い地で蛍のように光っているんだ。そう思った矢先に火の玉は沈んだ。

『あーあぁ。ソーダ、手元震えてたんじゃないかー?さっきより早かったぞー』

「ごめんってー。でもバレーソンミックス勢い凄かったよねー」


 弟とレートが仲良く話すのがだんだんと遠くなっていく。


――あぁ。来ちゃったよ。


 苦しかった。声が出せなかった。


 誰も傍に居なかった。


 その日の発作はいつもより激しかった。私はもう無理だ。

 このまま発作にもっていかれるんだ。

 もう発作に負けてしまうかもしれない・・・。


 そう思ってしまった。


――蛍。ふと頭の中に微かにあった単語を見つける。


ほ・・・たる・・。


 静かに光る光景を想像してみる。


 実物を見たことはないが、テレビで何度か見た蛍を無理矢理にでも頭に思い浮かべる。


――綺麗だった。


 私はまだ負けていられない。光らなきゃいけないんだ。

本だってまだ読み足りない。弟ともレートとも遊ばなくちゃいけない・・・。

苦しくて仕方がなかった。真っ暗な闇へ引きずり込まれそうになる。


意識が遠のいていき私は眠るように倒れた――。


 スマホがメッセージを受け取る。

『レートがメッセージを送信しました。』

…だれ?レートって…。



『レートくん知ってる?今日空が綺麗に見える日なんだってー』

 夜空が写った写真と一緒にメッセージを送る。

『待って!?同じ星見てるかも!自分の上に星ない?』

 えっと。空を見上げて星を探す。

『あるよ。三つ。夏の大三角?みたいなやつ』

『やっぱり同じ星見てる!!』

 空って繋がっていると実感した。


 よくポエム集で『あなたもこの空をみてるんだろうか――』

なんて見たことがあった。


 それが本当だったんだ。嘘なんかじゃなかったんだ。とこの時感じた。


『遠い地域で離れてるはずなのに、同じ星見てるって考えたらすごいよね。』


 気が付けばそう送っていた。


――どこかで僕らは繋がっている。

  たとえ遠くにいたとしても・・・。

  今、同じ空を見ているんだ。

  この星々を結んだところに君がいる。

  世界は繋がっている。

  そう思えたんだ。

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