五、将来の路(みち) -そう言ったあなたを救いたい

 外ではせみが元気に鳴く季節がやってきた。


 今年は受験生だから勉強に力を入れなければならなかった。流行り病のせいにしたら都合がいいのかもしれない。熱が入らなかった。


 そんな中やってくる地獄の三者面談。志望校の合格ラインに今どのレベルに自分がいるのか、最近の学校の様子まで隠している自分がすべてさらけ出される。

学生にとっては気が重い。


 そこにはソーダという僕はいない。佐藤功さとうこうという一人の生徒として扱われる。

「功、今のままじゃちょっとまずいな・・・。この間の模試の判定Eランクだし。この時期にEはちょっと・・・。」


 先生の言葉に模試の判定なんて皆無かいむな世界で生きてきた母さんにもEという言葉は理解できたみたいで、はぁ。とため息をつく。


「そこで、私から提案なのですが、レベルを国公立から私大に落としてみるというのもひとつの手なのかな、と・・・。功は映像編集が好きみたいなので美大なんかも視野に入れてもいいのかな。なんて私は思います。もちろん、国公立も一応狙うという方向で勉強は頑張ると思いますが。」


 自分でも難しいとわかっていたけれど、更に現実を突きつけられる。

その後も先生は何かを話していたが全然耳に入ってこなかった。


 帰りに母さんはスーパーに寄るというので、僕は車に残り進路について考えていた。


 携帯で『動画編集 学校』なんて調べてみる。携帯の画面を上から下に眺め、気になるサイトをいくつか見てみる。そしたら見覚えのある地名の大学が出てきた。


 レートくんが住んでる所の近くだ。バレ姉が発作を起こしたときにみんなの住所を交換したからすぐに気が付いた。その学校について色々調べてみる、評価はお世辞にも良いとは言えなかった。


 でもなぜ惹かれた。


 自分の今住む環境とは全く違うところでの生活に憧れた。

周りには誰を知ってる人なんていない、新しい人生が待っている。

そう思うと心がウキウキしてくる。


――何よりも僕を動かしたのはレートくんの存在だった。


 地元の大学に進学したら絶対に経験できないと思う。

将来働きながら遊ぶ、というのはお互いのスケジュール的に簡単とは言えないと思う。だから、レートくんと会って遊ぶ為には、この大学に行くしかない。


 人生で一番大きな選択と言ってもいい決断を今、迫られている。

 それをレートくん、バレ姉に会う、という夢を叶えるため。と説明していいのかは今の僕はわからなかった。

 それが今後、僕の人生にどんな転機をもたらすのかわからない。

どんな出会いがあってもそれを今見ることはできない。


 どうせどんな進路を選んでも先が見えないのは変わりない。

それなら今の僕の感情に任せてしまってもいいか。と思った。


 もちろん、その選択が後に退けないことも理解している。

だからすぐにこの大学に行く。とは口に出来なかった。

 スーパーから戻ってきて荷物を積む母さんの姿を見てそう感じた。


 布団に入って将来を夢に見る。


元々の志望校の大学に行ったら――

レートくんに近い大学に行ったら――


 想像しきれない情報を前に気づけば僕は眠りについていた。

レートくんと初めて電話したあの時の不安が晴れた感覚とはまた違った心地だった。

これから先が見えないけれど確かにそこには存在する希望を楽しみに眠った。

 目を覚ましたらプレゼントが置いてあるか楽しみに眠るクリスマスの子どものように。


 いつもならお昼まで眠るはずの休日に早く目を覚ました。

昨日のわくわくが残ってるんだろう。

 一日で僕の意志は固まった。それを家族、先生にどう伝えよう。


 ネットで出会った少年に会いに行くため。なんて伝えたら断固拒否されてしまうだろう。だからもっと明確な動機を考える必要があった。


 早く目が覚めたので、大学について調べる。可能な限りの情報を頭に詰め込む。

一度調べただけの情報を正しいのか確かめながら、しっかりと頭に入れる。


 学校の進路学習の時間以上に必死になって調べた。


 それだけ今回の進路に向き合っているんだと思う。

今までは先生たちが「ここの大学おすすめだ」とか「この進路なら将来安定した職に就ける」という言葉をなんとなくそれでいいか。と鵜呑みにして決めてきた。


 だから絶対に受かりたい。というところまでの熱がなかった。

それに加えて真面目にその大学について調べることもなかった。

だから今回は自分で決めた進路ということだけあって行動に自主性があった。


 これだけあれば納得させられるかもしれない。それだけの材料を調べて親への説得を試みることにした。


「母さん…。ちょっと話したいことがあるんだけど…。」

「どうしたのそんなに改まって、何か悪いことした?」

「ううん。そういうのじゃなくて、大学のことなんだけどさ――」


 申し訳なさが限りなかった。国公立から私立に変わり、学費が更に金がかかること、今住んでいる所からもずっと遠い大学を目指すこと、そこまで偏差値が高い大学ではないこと…。


 心の中でごめん、ごめん。とつぶやきながら母さんに話した。


「・・・そっかぁ。功が決めたなら母さん否定はしないよ。遠いけどさ。・・・ただ父さんがなんて言うかはわかならいかな。多分大丈夫だとは思うんだけど…。」

「だよね…。」

 父さんが鬼門だった。自分が決めたとは言ってもあらゆる面でお金を出すのは親であって、その大黒柱が却下したらそれに従わざるを得ない。

「まあ。母さんからも話してはおくからさ。」


 きっと息子が遠い地域で生きる。と言い出して母さんも驚いただろう。それ以上に父さんは驚くだろう。

驚くだけならまだいい、それが怒りの感情まで出てきたら誰も止められない。


 その予感は三日と経たずして的中した。

「父さんね、なんでそんな遠くの大学?そんなところに行って何するの・・・?って」

 母さんは冷静に僕に伝えてくれた。けどきっと父さんはもっとキツい言い方を母さんにしたんだと思う。

「そっか。僕からもちゃんと話しては見るよ。」


――とは言ってもどう伝えればいいのかわからなかった。


 どれだけ言葉を並べてみても、一言で言い返され否定される気がしてなかなか言い出せなかった。

 何十年か前に終わったはずの冷戦が小規模になって我が家に訪れた。


 父さんもきっと僕に言いたいことがあるだろうし、僕だって言いたいがある。でも今、互いが言いたいことを言い出したら思春期を言い訳にした距離がもっと遠くなる。


 この話を父さんとするのが一か月も先になるとは思っていなかった。


 僕の進路を応援してくれていたバレ姉にも以前伝えた進路から別の進路に変更した。それもレートくんの近くということを伝える。

『おー、いいじゃん。レートも喜ぶよ』


 その“レートも喜ぶ”という言葉の正誤が分からなくて恐かった。


 それを伝えることで『なんで来るの?』なんて突き放されてしまったらどうしよう。素直に喜んでくれなかったらどうしよう。余計なことばかりが頭に浮かんでくる。考えて考え抜ければいいのだろうけど、どれも答えが見えないまま終わり、それが腹にくる。


――う。腹が痛い。トイレに駆け込んだ。


 父さんにもレートくんにも言い出せないままずるずると日付だけを重ねていった。

 そんな中で何か得たことがあるとするならば、仲良し三人組がハナさんを加えて仲良し四人組になったくらいだった。

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