四、バレーソン -みなさん、ありがとう

 よく、メッセージをやり取りするバレ姉とレートくん、その仲が良かったメンバーでメッセンジャーグループを作った。

 二人ともすぐにグループに参加してくれた。


 バレ姉は僕らのことを姉弟きょうだいと言って、レートくんはレート、僕のことは弟。そう呼ぶ。


 当たり前だけど、決して血は繋がっていない。バレ姉的にはそれだけ親しい仲ということなんだろう。


 僕がバレーソンさんをバレ姉と呼ぶようになったのは、バレ姉が『弟』と僕を呼ぶようになったからだ。


 最初は抵抗があった。ネットの出会いで弟・・・?会ったこともないのに・・・?

 でも呼ばれ続けてるうちに、あれ?なんであんなに呼ばれるのを拒否してたんだろう。好きに呼べばいいさ。と頭が変換してくれた。

 別に呼ばれ方は気にならなくなった。


 バレ姉は学生ではないことは知っていた。大きめの病院で働いてると言っていたから。


 なのにいつも早く既読がつく。本当に働いてるのか?と疑うくらいだ。

配信をしていると『仕事中だけど少しだけ』・・・おいおい。

「ちょっとトイレ行ってきます。」そう言って携帯片手にトイレに行って、配信を見てくれているらしい。


 仕事中くらい仕事に集中したらどうなんだ。まあ、携帯の画面に向かって一人で話す僕が人のこと言えないか。


 バレ姉が今働いている病院は「ブラック」だ。十二連勤、その後二日休みをもらって次は十四連勤、それも朝八時から夜十一時まで残業ばかりの毎日。


「そんな病院辞めちゃいなよ、バレ姉が崩れてくだけだよ!」

「そうは言ってらんないよ。私が辞めたら私の分の仕事が他の人にいくでしょ?そうしたら、その人が今度辛くなるじゃん?」


 僕はちょっとしたアルバイトしかしたことがないから残業も長時間勤務の辛さも知らない。十七年ちょっと生きてきて世の中のことは大体知った。そう思っていたが、それはただの勘違いってやつみたいだ。知った「つもり」になっていた。


 「~したつもり」は良くも悪くも曖昧な言葉だ。逃げの言葉で「自分は責任を取りません」と言ってるんだろう。だから今の僕はただの馬鹿だ。


 たかが高校三年生で何がわかる。いや、わかることはわかる。でも、わからないことも多い。

 たまに年齢でしか人の知識、経験を語れない人はいる。そんな人を見ていると少し残念だ。と僕は思う。


 生まれつき持病とたたかう幼少期を過ごす人もいれば。まったくそんなことなく生活する人だっている。

 この例えは少し極端すぎるかもしれないけれど。


 でもそこに年齢は関係するのかな。きっとしない。だから“まだ”高校生、“たかだか”高校生。その言葉が嫌いだった。“まだ”高校生でも、“たかだか”高校生でも嫌なことも楽しいこともある。


 いろんな経験だってしてきた。

 親とケンカして家を出たこともあったし、幾度いくどとなく友達との別れも経験した。


 そりゃあまだ未熟で青い果実なのかもしれないけれど、どんな経験を経てきたかは、人それぞれだろうさ。


 このバレ姉だってそう。

今では元気に働いているけれど、かなり厳しい高校生活を送ってきたらしい。



 高校生になってから病気をわずらい、みんなが望むような学校生活は送れなかった。

学校では車いすを使い移動をしていた。最初は、周りの人たちもこぞって私を助けてくれた。

 

 そんなのもつかの間。転校してきたばかりの子を新しいおもちゃのようにちやほやして、二週間もしないうちに放っておいてもう知らん顔。それと似た扱いを受けた。


 中学の時、先生が言っていた。

朱音あかね、高校は楽しいぞ。今よりずっと楽しい」


――あの言葉は嘘だった。


 待っていたのは病気になった私と車いす生活。嫌な嫌な高校生活を過ごした私だったけれど、ちゃんと卒業式では少しだけ良くなった自分の足で卒業証書を受け取った。


谷村朱音たにむらあかね!」担任の呼名に私は元気に返事した。

 ステージから卒業生みんな先生せんせい来賓らいひん保護者おやたちと見渡した。

 保護者の席に両親の姿を見つけたときはやってやったぞ!という達成感に浸っていた。


 卒業後の私の進路は専門学校に行くことにした。もちろん病気の治療は続けながらだけど。本当は大学に行きたかった…。この病気さえなければ…。


 外を少し歩けるようになって散歩をした時に、少し先に高校の時の知り合いを見つけた。彼女はたしか、近くの大学に行ったはず――。

 隣に二、三人友達を連れて楽しそうに歩いていた。


 あぁ…。

 きっとあれは大学でできた友達なのか――


 少しだけ羨ましく思った。

 でも専門学校も私にとっては楽しかった。

あまり多くはないけど、親友と呼べる人もできたし、そこそこ上手くやれていた。


 なんといっても一人暮らしは最高だ。

親元を離れ、自由の身だ。


 全て一人でしなきゃいけないから負担はあるけど、口うるさい親もいない、面倒な弟もいない。

 ずっと本を読んでいても怒られない。友達と一晩中パーティーをしてても怒るのはマンションの隣室の人だけ。


 高校がしんどかった分、今が輝いてみえる。

――生きてて、良かった。



 グループのやり取りは真面目な文はほとんどない。馬鹿げた写真や、無駄なスタンプでのやり取り、僕はそれが好きだった。

『起きてる?』

 そのひとことから始まる通話も楽しかった。


 今日も特に意味を持たないやり取りが始まる。

『聴いて聴いてこれ!耳コピしてみた』

 レートくんがそう言って動画を送ってきた。

電子キーボードをタカタカと弾くレートくん


 …どこかで耳にしたことがあるメロディーだ。

『これ、アニメのやつだよね。それにしても耳コピなんて凄いね!』

『あたりー』

 僕はそのアニメ自体は見たことがなかったけど、曲だけは聴いたことがあった。

『レート、すごいな!私には絶対無理だわ』

 バレ姉も絶賛する。


 僕は楽譜を見てギターを弾くことなら少しはできるけど、音を聞き分ける耳はあまり良くない。なんかこの音気持ち悪いなぁ。そう思うくらい。だから耳コピができるレートくんは凄い。


 そんなやり取りをした二時間後くらい

『たすけて』

バレ姉だ、どうしたんだろう

『発作』

『くるしい』

 必死に打った言葉が端的に送られてくる。バレ姉が持病を持っていることは前にうっすらと聞いたことがあった。


 発作は持病の延長線上にあるものなのかもしれない。

『救急車呼んで』焦って言葉を選ぶ。

『ムリ』

『掛けるだけでいいから、そしたら発信場所調べて来てくれるよ』

 レートくんは冷静なのか的確に伝える。

『早く』


 僕は急がせてるだけなのかもしれない。人間焦ると冷静さを欠く。というのがこの時身をもって体感した。


『バレ姉が通話を開始しました。』


 こんな時に何をしてるんだよ。早く救急車を…。


「バレ姉!?大丈夫・・・?」

「ムリ・・・。」

 無理なんて言わないでほしい。そう思う反面、素直に気持ちを言ってくれてよかったと思う。

「弟・・・話してて・・・」

「う、うん。わかった。話しとくよ・・・」

 一人で話すことは配信で慣れているはずだった。


――なのに、出来なかった。


『バレ姉大丈夫そう?今ちょっと通話混ざれない、ごめん』レートくんにバレ姉の様子を大体伝えると

『少しの間頼んだよ』

 レートくんにバレ姉を任された。

 冷静さが既に失われてた僕は「大丈夫?救急車呼ぼう?」と声をかけることしか出来なかった。

 ゴホゴホと咳き込むバレ姉を前に僕はどうすることも出来なかった。


 ・・・人ってこうやって死ぬのかな。目の前に突き付けられた恐怖をそんな風に思った。

 まだ会ったこともなくて、どこに住んでるかも、顔も知らない。どこか遠くで仲のいい人が画面の向こうで死ぬかもしれない。嫌だった。その未来も、そう考えてしまう僕も。


 きっといつものバレ姉だったらこれを聞いたら「勝手に人を殺すなー」と言って笑ってくれるかもしれない。


 ニ十分くらいしてレートくんも通話に参加してくれた。

「おーい、バレ姉大丈夫かー?」

 こんな時でもレートくんは相変わらずのんきだった。

 僕はレートくんに状況を説明すると

「ありがと、俺も少し調べてみるわ」

発作について二人で調べていた。

「もし発作が起きたとき――」

レートくんはサイトの文章を読んでいく。

「救急車はすぐに呼ばないこと」

・・・え?

 

 サイトの文章にそんなことが書いてあるのか…。

そこで僕は冷静さを取り戻してきた。

 レートくんはのんきなんじゃなく、この状況を冷静に対処してくれてたんだ。

本当にすごいや。

 通話が始まって四十分ちょっとが過ぎた頃、バレ姉の発作は治まった。


 その後は夜遅くまで三人で馬鹿みたいに話をして、少しずつバレ姉は元気を取り戻していった。



 本当に助かった。家族に電話を掛けても、今すぐ来れる人は誰もいなかった。

わらをも掴むような思いで弟とレートのグループで通話を始めて良かった。

発作はたまに起きる。


 その度、私は死ぬんじゃないかな。そう思うくらい辛い。


 弟とレートは私のヒーローだ。大切な弟たち。


 年も、住む場所も違えば、血の繋がりもない弟たちに私は助けられた。

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