三、病み ーもう明日はやってこない

 配信のネタとして「ゲーム配信」というジャンルの配信がある。最近話題になっている「マイミークラフティング」というゲームを配信することにした。

オープンワールドのゲームで自由度がとても高く、飽きるまで遊べるゲーム。

 最近はニュースにも取り上げられることもある程で、今や知らない人はいないのではないかと思う。

 だから見たことがないゲームを見せられるよりも、一度は目にしたことがある画面の方が、リスナーさんも面白いだろう。


「今日から不定期にはなるけどマイミークラフティングを配信していきたいと思います。リスナーさんよろしくお願いします。」

 そう言ってゲームを始めた。


 一度始めるとやめ所が見つからなくなって、気づけば一時間と三十分が経っていた。

 一回の配信でガッツリやってしまうと、次回以降ゲーム内のネタが尽きてしまうかもしれない。

「今日はこのくらいにしたいと思います。来てくださった方々ありがとうございました。」

 そう言って配信を終わる。

 雑談をしながらゲームをするというのも悪くはない。同時に好きなことをしているから、得をしている気分になる。僕の心は満足していた。

 だいぶ学校生活も落ち着きを取り戻しつつ、安心しきっていた。

そんな時だった。

『消えたい』

 コメントが流れた。

 僕がゲーム配信をしていた時、リスナーさんのコメントはどれも温かいものばかりだった。

 そんな穏やかな日常が急に色を失ってしまう。色とりどりだった世界が急に白黒の世界に変わって見えた。


 色を変えたコメント主はレートくんだった。

 最初は冗談だと思っていた。

「そんなこと言わないでよ。」

軽めの言葉で返した。

リスナーさんも『どうしたの?』『なんで?』『なにがあったの?』

 レートくんを心配するコメントが溢れた。

『もう無理。』

「どうしたの、レートくん…。」

 自分でも声のトーンが落ちていることに気が付いた。なんとかいつものトーンにもっていかなくては、そう思う。

 でも、いつものテンションを維持することは難しかった。


 心の底から心配したんだと思う。


『どうもしてないよ』

 どうもしてない人が急に“死にたい”なんて言うだろうか。“無理”なんて急に言い出すだろうか。しまいに流れた『消えたい』というコメント――。


 胸が騒がしくなっている。いつもより鼓動が早い。このまま配信を続けることは難しい。早く切り上げよう。

 そう思ってもコメントは流れ続ける。

『線路に飛び込もうかな』『やっぱり死にたい』


 やめて。もうそんなことを言わないで。

それをそのまま伝えていいのかわからなかった。

「嘘・・・だよね?」

『冗談だから大丈夫』

 その言葉を信用していいのかわからなかった。

でも僕にはレートくんを信頼することしか出来ない。

レートくんをなぐさめに行くことができる距離ではない。

 もし仮に会えるくらいの距離にいたとして、僕に何ができるんだろう。


――僕の言葉が今のレートくんに届くとは思わなかった。


もう、やめよう。

「眠くなってきたから今日はこの辺で終わりにします。ありがとうございました。」

それらしい理由をつけて、今取ってつけたような欠伸あくびをする。


 これで良かったんだろうか。

この後、本当にレートくんが線路に向かったとしたら・・・。

 もう二度と合えないのかもしれない。


 不安と恐怖が僕におそかる。嫌な感情がぬぐえないまま布団に潜る。


 布団に潜って何分が経ったのかわからない。

ふとメッセンジャーの通知が鳴る。

『スマホどっかにやったんだけど、電話かけてもらっていい?』

つい最近交換したばかりのレートくんからの連絡。

・・・何言ってるんだろう。

 今、その文字をスマホで打ってるじゃないか。

そう思ってはいたが、やっぱりさっきの配信でのコメントが気になる。


――死にたい。


 このメッセージは僕に宛てられたSOSなのかもしれない、そう考えてメッセージが送られてきてから三十秒くらいで電話をかけた。


 呼び出し音が三回鳴らないうちにレートくんは電話に出た。

「もしもし?大丈夫?」

急いで安全かどうかを確認する。

「ねぇ、気づかなかった?」

 僕の心配を棚に上げて自分の話を始める。

声は前に話した時のレートくんだったから、今は大丈夫なんだ。とどこかで安心した。

「ん?何が?」

「スマホでメッセージ送ってるのにスマホないって変だなあって思わなかったの?」

あぁ、そのことか。僕がレートくんの安全の次に考えたこと。

「んーまぁ変だなっては思ったけど、パソコンで送ってきたのかなぁって思って。もしパソコンで送ってきてたら本当にスマホがなくて困ってるだろうなって思ってさ。」

「優しいんだね」

「そんなことないよ」


 優しいと言われて少し照れくさかった。

普段あまり褒められることがなく、慣れていなかった。


 さっきまでの不安と恐怖は、姿を消していた。

頭の中は、今レートくんと話をしている。それがまぎれもない事実で、ただ楽しいと感じていた。


「さっきね、同じことバレ姉にもしてみたんだ。そしたら普通に大丈夫か?って。全然気づいてなかったんだー」

 僕らがバレ姉。そう呼ぶのはバレーソンさん。

僕の配信に来てくれるリスナーさんでレートくんとも仲がいい。

気さくな人でとてもフレンドリーだ。

人柄が良くて機械音痴なバレ姉なら引っかかってしまうだろう。納得がいく。

「あの人機械音痴だもんね。引っかかりそう」

「だからソーダもそんな感じかと思ったのにー」

最初は上手くいった。と思っていたらしい。

けど僕がもしーという説明をしたあたりから、騙されていないとわかって「つまんないの」と言う。


 初めての電話で、一時間二十三分四十五秒という一から五までの数字が横一列に綺麗に並ぶ。


「初めての電話でこんなに盛り上がると楽しいね。」

「そうね。でもいつかブロックしちゃうかもよ。俺、何回かそうしてきたから」

 その言葉を聞いた瞬間にゾッとした。


 今、なんて・・・?ブロック・・・?

いきなり言われて死の宣告のように感じた。


楽しく過ごしているこの時間が終わるまであと――。


 そう言われてる気がした。

「まぁ、その時はその時じゃない?」

こわいという気持ちを表には出さないように笑って言った。

「いまのところ、その予定はないけどね」


 その言葉を待っていたのかもしれない。

仮に嘘であったとしても、その言葉に僕は救われた。


 電話が終わる頃には二人笑っていた。

お互いが楽しいと感じられていたらそれで良かったのかもしれない。


 レートくんから急に出た“死にたい”“ブロック”という僕をヒヤヒヤさせる言葉をもう一度思い出す。

 窓から差し込む月明かりが大丈夫。そう言ってくれている気がして、きっと大丈夫だろう。


 そう思って眠りについた。

なぜかいつもより安心して眠れた気がする。

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