二、ダイレクトメッセージ -私はつかれた
あれからレートくんは配信にあまり来なくなった。普通に忙しいんだろうと思った。それともあの時質問攻めにしすぎたせいでウザがられてしまったのだろうか…。と少し反省していた。
レートくん、遊びに来てくれないかなぁ。と心のどこかで思っていた。
その時『おひさー!』コメントが流れた。
そのコメント主はレートくんだった。
あまりのタイミングが良すぎて本当は配信にいつもいて僕が不安になったときにコメントしてくれたんじゃないか、と疑ったくらいだ。
ニコっちライブはSNSと連携して配信をするので、僕のSNSをフォローしてくれた人はフォローバックしている。
配信前にSNSをチェックするとレートくんがアニメの模写を載せていたので、その話題を取り上げてみた。
「レートくん、写真載せてたよね!あの絵めっちゃ上手だった!!」と言うと
レートくんは『見て描いただけだよ』と少し遠慮したコメントを返してくれた。
『そういえば、今度マウスの写真送るね』
・・・急にどうしたんだろう。そして何のマウスだろう。「マウスってパソコンのマウス?それとも実験とかで使うネズミのマウス?」
さすがに高二でネズミのマウスを写真に収めるのか?
さすがにパソコンの機材だろう。そう思っていた。
だから次にレートくんが発したコメントには目を疑った。
『ネズミの方のマウスだよ。』
・・・え?
話を聞くところによると、レートくんの通ってる高校は農業高校らしく、いろんな動物を学校で飼っているらしい。その子を一匹、家にもらってきたみたいだ。僕は動物が好きだからネズミのマウス、実験に使われるマウス。そう聞いて見たくなった。
きっと白い毛が奇麗な赤目を強調しているんだろう。
可愛らしいあの姿を早く目にしたいとウズウズしていた。
そしてしばらくして写真が送られてきた。
「かわいい・・・」
想像していたよりも赤い目はくりくりしていて、その目に入るハイライトがより一層そう感じさせる。
その写真はSNSのDMに送られてきた。
その子の名前は「マウス」なんだそうだ。
そのままじゃないか。と思ったけどレートくんっぽくてそれもアリなのかもしれない。
この日の配信も無事終わった。
楽しかったこと、嬉しかったこと、嫌なこと。
自分の感情と素直に向き合い、その日起きたこと一つ一つを意識して覚えているようにした。
配信のネタになるから――。
でも、今は流行り病のせいで学校は臨時休校となっていて、家の中で起きることなんて面白味がない。まして一日中寝てる僕は部屋からほとんど出なかった。
起きても布団から出ようとしないでゲームをして、アニメを見て…。寝ている以外の時間は好きなことをして過ごした。
もちろんその中には配信も含まれている。話すネタはある程度準備しても底が見えるのはわかっていたから、趣味で弾いていたギターで弾き語りをしてみたり、音楽を作ってみたり…。
僕の持っている全てを配信でしてみる。
反応が良いときもあれば悪いときもあるけど、誰かが見ていてくれている。
そしてそれが認められているとしたら…。
僕の存在意義になる気がするんだ。
誰かに必要とされているのかもしれない。
ただの思い込みに過ぎないのかもしれないけれど…。
それでもよかった。
流行り病が広まっていて外出が出来なくて肉体的にも精神的にも色々と疲れて、逃げ場がどこかに欲しかったんだと思う。
それが配信だった、というだけの話。
ネットの世界に逃げるという行為は甘え、だとか世間は言うかもしれない。でも僕は逃げ場もなく、愚痴の一つや二つも言えずに独りで潰れていくことの方が恐いと思う。
だから、ストレスの溜まるこのご時世、僕にとって逃げ場があることは本当に救いだった。
そしてリスナーさんが送ってくれる画像や写真に癒されることも多くあった。
僕らが生まれてから、他にも何度か流行り病が広がったこともあったらしいけど、幼かった僕らはそんなことを知らない。だから今回の休校は初めてのことだった。
まだ全国的に広まっていない頃、急に休校が言い渡された。
学校が休みになる。そのことしか僕ら生徒は考えていなかったと思う。一日でロッカーの荷物をすべて持って帰らなければいけないことが面倒だ、なんて思いながら積み重なった荷物を持ってきた袋に詰める。
次に学校に来る時は、進級してクラスが変わるからロッカーも、机の中も空にする。
流行り病が広まるかもしれない状況下で風通しの悪い体育館での全校集会、長ったらしい校長、各課課長の話を飽きるほど聞いた後、僕たちは家に帰された。
最近は学校設備も整っているんだから、わざわざ全校集会なんてしなくても放送でやってくれればよかったのに。
帰りの車の中で迎えに来てくれた姉にそんなことを話した覚えがある。
そんな日から一か月とちょっとが経ちゴールデンウィーク明けから段階登校が開始された。
多くの会社ではリモートワークなんていう今まで聞いたことがない働き方が確立されつつあったり、大学や一部学校ではオンライン授業なんかが導入された。
僕の住む地域はそこまで栄えてるわけではなかったので、通常に登校して三時間程授業を受けて帰る。久しぶりの学校はやっぱり疲れてしまう。
家に帰ってからは眠りについて、夜中に起き、ご飯を食べて配信をする。それが自分の壊れてしまわない最低限の生活だった。配信のリスナーさんの7割が学生で、学生リスナーさんたちも登校が始まったりで疲れている人も多いと思う。でも配信で互いの出来事や愚痴、たまには恋バナなんかで盛り上がってなんとか上手く生活を送っていた。
腹が痛い・・・
俺はたまに腹痛に襲われて夜中に起きることも少なくはなかった。トイレとお友達になること三十分…。ようやくトイレとお別れすることができた。
部屋に戻りおもむろに携帯を触りだす。
暇だったのでニコっちライブの画面を開いてみた。
「ソーダくん」が無通知で配信をしていた。わざと通知を出さない配信方法もあるみたいだったけどあまり見たことがなかった。
配信に行ってみると視聴者はいなかった。
最近視聴者が0なのは珍しかったので少し驚いた。
いつも通りコメントを送ってソーダくんと絡む。
「一緒に話さない?」
急にそんなことを言われてどう答えればいいかわからず返答に困ってしまった。
「あ、別に強制ってわけじゃないから無理はしないでね。」
少し考えた。コメントをわざわざ打つのは確かに面倒だったから、話してもいいか。という結果に至り話すことになった。
「こんばんは~!」
いつも以上にテンションが高い。人と話すからなのかもしれないけれど、無性に気持ちの高まりがじわじわと伝わってくる。
「やほ~」
それが俺の第一声だった。やほ~、という文字にしたらたった三文字の言葉なのにソーダくんは更にテンションが上がる。
「え、ちょ。…まって…え!?」
急に語彙力が無くなったのをイヤというほど感じる。
しばらく動揺は続いていた。
「知り合いに声が似てるんだけど!えっ…しかもなんか思ってた声!レートくんって声してる!!」
ついに意味が分からないことを言い出した。
俺って声って…。そりゃ俺の声なんだから、俺って声してるだろう…。こいつは何言ってんだ。
そしてケラケラと画面の向こうでは無邪気に笑っている。
「え?ウチの学校にいないよね?明日登校日なんだけどさ、二年棟でレートくーん!って言ったら返事して振り向きそう」
「よくそこら辺にいそうって言われる。もしかしたら振り向くかもよ」
「まじかっ!じゃあ叫んでみよっかな」と冗談交じりに話す。
「違う意味でみんな振り向くからやめときな」とこちらも冗談を交えて返す。
言葉を交える度に困惑も次第に消え、楽しいと感じれた。
俺の中の「ソーダくん」は消え、「ソーダ」が存在するようになっていた。
「レートくんと話してると歳の差感じない~」
「それ、なんかわかる」
一年の差っていうのは意外とあるようでない。
違うのは学年だけなんじゃないか。ソーダは言った。
気が付けば時計の短針は4を指していた。
流行り病のせいで見事に昼夜は逆転していて、朝に寝る。
そんな生活が当たり前になっていた。
朝ご飯、昼ご飯が欠けることは少なくなかった。
そのせいでただでさえ軽い体重が更に減っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます