3. 楽にさせて

 この子は一体何を言っているんだ? 俺が、殺した?? 君を?? ……どう考えてもあり得ない、仮にも俺は医者を目指して勉強していた苦学生だ。こんな幼い、見ず知らずの女の子を手にかけるはずがないだろう。それに彼女は先ほど、「ママとパパを殺したヤツと同じヤツに殺された」と言っていた。じゃあ何だ、俺が君たち家族3人を殺した犯人だとでも言いたいのか?? ……いやいや、そもそも俺には3人もの人間を殺せる度胸も、動機さえもないじゃないか。


 今、これまでの21年間の人生の中で一番困惑している自信がある。彼女の不思議な力によって背骨にひびが入り変な音が鳴ったが、俺はうめき声を上げながらも精一杯彼女に声をかけた。


「…………申し訳…ないっ……けど、……絶対に……人違い…だ…………」


「はあー?! んなわけねえだろうがこのクソジジイっ!! 」


「……そんな訳、………あるんだっ……。俺には…………動機も、…………度胸もないことが………分かるっ、…………だから、……一度だけちゃんとはなっ………話を………しよう…………」


 彼女の目が一瞬、大きく見開かれたのが分かった。


「……お前まさか、本当に気付いていないのか? 私たちを殺したこと……」


 圧迫感が弱まり、俺はようやく苦痛から解放された。……全身が痛い、だがしかし早くこの子の誤解を解かなければ俺には死後の安寧など決して訪れないだろう。だったらせっかくの死が全くの無意味になってしまうじゃないか、それだけは避けなければならない。


「はあ……はあ……、話を聞いてくれるんだね? ありがt……」


「お前、どこでどうやって死んだのか覚えてるか? 」


 何故そんなことを聞くのだろう、俺は疑問に思ったが彼女の満足のいくようにせねばと思い答えた。


「ああ、覚えているよ。俺の住んでいた町にあった廃屋で、焼身自殺をしたんだ。廃屋に火をつけて、その中でたくさん睡眠薬を呑んだ。もうしみったれたこの世界に髪の毛一本でさえも残さなくて済むように、セルフ火葬……なんて言ってね。でもいっぱい薬を飲んだおかげで、自分の身体が焼ける頃にはとっくに夢の中でさ。文字通り、眠るように死ねたよ」


「……なんでわざわざそんな場所で焼身自殺を選んだのかも、覚えてるか? 」


「自分の家で自殺すると家族に迷惑がかかると思ったからさ。父さんも母さんも、自分の息子の死んだ家で暮らすのは嫌だろうと思っtっっっ?! アアアアアッッッッッ!! 」


 またあの圧し潰しが始まった、かろうじて折れずに残っていた他の骨もメキメキと音を立て始める。


「なっ……なんd」


「お前の放った火のせいで、隣の家に住んでいた私たちまで燃え死んだっ!!! 」














 ……え?















「私たち何も悪いこともしていないのに突然、死刑囚なんかよりもよっぽど惨たらしい死に方をしたっ!! あの日も、いつも通り学校に行って帰ってきたのに、気付いたら目の前でパパが火だるまになって焼け死んでた。ママは家具の下敷きになって動かなくなってて、私も、焼け切れた柱が倒れてきて下半身を潰された。そのせいで逃げられなくなって、助けも呼べなくて、燻製みたいになって死んだ。マジで意味分かんなかったんだけど! 私まだ読みたい本、たくさんあったのに。大人になったらやってみたいこと、いっぱいあったのに……。?? ?? ……ふざけんのも大概にしろ」



「……それは…………申し訳なかった。でもあの時、…………俺は自分のことだけで……精一杯で……」



「知らねえよ!! マジであんたのことなんてどうだっていい!! ……お前さあ、自分がどれだけの人を傷つけたのか、せめてそれ位は理解してよ? 人が1人死ぬだけでどれだけ多くの人が悲しむと思ってんの?! それをお前は3人、いや、お前自身も含めると4人、殺したんだぞ?! 下手するともっと多くの人が死んでたかもしれなかtt……」















「自分のことで精いっぱいだったって言ってんだろうがっ!! 」














 気が付くと俺は、逆ギレしていた。彼女が面食らって黙りこくっている隙に、勢いだけでまくし立てる。



「赤の他人の心配なんてしてたら死ねねえんだよ! どうせ俺が死んだって誰も悲しまなかったし、お前らだって、俺の自殺に巻き込まれなくたっていつかは死んでたんだよ! そうだろ?! 人はいつ、どうやって死ぬかなんて選べないんだよ。でも俺にはもうその時を待ちながら生きていくだけの気力なんてなかった!! だから俺は確実に死ねる道を模索するだけで手いっぱいだったんだ……! 俺だって、お前らのことなんてマジでどうでもいいからさあ……、早く俺を楽にさせてくれよっ! 」



 ……感情任せに怒鳴るだけ怒鳴った後、俺は少しだけ後悔していた。悪いのは俺で、彼女たちは純然たる被害者、そんなこと位は分かっていた。でも、それでも認めたくなかったんだ。



――――あれだけ医者に憧れていた俺が、人を殺して死んだだなんて……。



 彼女はしばらく俺を汚物でも見るかのような目で見つめた後、冷たくこう言い放った。














「そりゃあ、こんな人を医者にしちゃダメだわ……」







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