2. 豹変

 目の前のこの子が一体何を口走ったのか、俺にはとても理解できなかった。


「……ごめん、今、なんて言ったの? 」


「だから、私もママとパパを殺したヤツと同じヤツに殺されたって」


「……え? 何を言ってるの、君は生きてるから、今ここにいるんだよ? 」


 心臓がやけに早打つのを感じる。彼女からどこか嫌な気配がした。


「おじさんこそ何を言ってるの? 私は死んだから、ここにいるんだよ」


 まさか、俺は―――


「おじさんも、死んだからここに来たんだよね」



            ⦅*⦆



 あの日、俺は4回目の大学不合格を経験した。俺は子どものころからずっと医者になりたくて、ひたすら勉強ばかりしてきたのだ。周りの同級生がどれだけ楽しそうに遊んでいるときでも、またどれだけ体調の悪い時でも、必死に勉強ばかり。


「きめえんだよガリ勉キモ男っ! 」


 だとか何だか言われてクラスのみんなからハブられても、上履きを勝手にゴミ箱に捨てられても、俺の夢は全く揺らがなかった。医者になって、いつか世界中のどんな人でも助けられるような立派な人間になる。そのためには遊べなくても、いじめられても、一向に構わなかったのだ。


 ……それなのに、俺は医学部に合格できなかった。正直、ランクを落とせば入れる大学だってたくさんある。でも俺には、家庭が貧乏だから国公立の大学にしか通えないという事情があったし、それに半端な大学で医学を学んでも意味がないという信念もあった。だからこそ、めげずにずっと頑張って来たのに……。


 今年も落ちた。懐事情によって、今年が最後のチャンスだった。それなのに、3点届かなかったのだ。


――――俺の人生は、終わった。


 遺書はあえて書かなかった。俺の無念は、わざわざ書き残さなくても家族に十分伝わるだろうと思ったからだ。最初は慣れ親しんだ実家の自室での自殺を考えていたが、そんなところで死なれては家族もきっと迷惑だろう。


 ……我が家の近くには、長年誰にも使われていない解体予定の廃屋がある。ちょうどいい、なんておあつらえ向きなのだろう。生きることに疲れ果てた俺は死後の安寧を求め、そこでひっそりと自殺することに決めたのだった……。



            ⦅*⦆



 気が付くと俺は、声にならない叫び声を上げていた。そうだ、思い出した。俺はあのときに死んだのだった。だとすると、目の前の彼女の発言から察するにここはということだろうか。


「ねえ、おじさん。おじさんは何で死んじゃったか覚えているの? 」


 女の子はどこか冷たい目で俺に尋ねる。


「……俺はもう、疲れたんだ。頑張っても頑張っても努力は報われないし、なりたい自分にもなれなかった……。俺なんかには、もう、生きる資格なんt……」

















「バッッッカじゃねーの?? 」

















 突然、場の空気が変わった。少女の目がぎらりと暴力的に光ると、あの重くて鈍い激痛が再び全身を駆け巡る。


「アアアアアッッッッッ!! 」


 さっきよりも凄まじい勢いで幾本もの骨が砕けた。しかも今度は得体の知れない熱さまで襲い掛かってくる。自らの肌の焦げ付く、嫌な匂いさえしてきた。だが今回も、気が狂いそうになるほどの苦しみを味わっているというのにも関わらず意識だけはやけに明瞭で、どうやら気絶さえもできないようだ。


「君の……、仕業だったのか……っ! 何で……何でこんな……」


「え?! だって?! ……ぷっ、はははははははっっ!! 笑わせてくれるじゃん……。こっちのセリフだよっっっ!! 」


 これまで真っ暗だった空間に突如光がさして、初めて彼女の姿が鮮明に見えた。俺はその顔を見て思わずぎょっとする。酷い火傷だ。それは生き物としての原形を留めていないと言っても過言ではないほどまでに凄まじい症状だった。可哀想に、この子は本当に残酷な死に方をしたのだな、と俺が同情していると……





「……ねえ、何で?! 何で私たち、お前みたいな見ず知らずのおっさんに殺されなきゃいけなかったのっ?! 」

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