「夢から覚めたら」

有理

「夢から覚めたら」



また手を繋ごう。



芹 :

なづな :


…………………………………………



なづな「ねえ、芹、あのね。」


芹「なに?」


なづな「すき がなくなったら、芹は私に何をくれる?」


芹「なくならないよ。」


なづな「私はね。すき がなくなったら、芹に自由をあげるよ。」


芹「いらないよ。」


なづな「芹。私のことすきでしょう?」


芹「すきだよ。」


なづな「私は芹がすきだよ。」


芹「うん。」


芹N「僕らの明日は、いつも僕らを裏切るけれど。僕の君は、いつも変わらなかったね。」


芹N「ねえ、なづな。空はすっかり秋になったよ」


…………………………………………


なづな「ねえ、芹?なんで、なんで私なの?なんで」

芹「なづな、危ないから、」

なづな「私、悪いことしたかな。悠美ちゃんの課題手伝わなかったから?佐藤さんのバイト代わらなかったから?」

芹「なづな、」


なづな「なんで、なんで。死ななきゃいけないの」


芹「まだそう決まったわけじゃないよ」

なづな「治らないって言った」

芹「先生は治る見込みは少ないって言ったんだ。治らないって言ったんじゃない。」

なづな「一緒だよ」

芹「一緒じゃないよ。」

なづな「変わんないよ!」


芹N「目が霞むといったなづなを眼科に連れて行ったのがはじまりだった。眼科から内科、総合病院、大学病院。どんどん大きな病院にいって、なづなは何十回も検査をした。」


なづな「だって、だって。私。死ななくたって、芹のいない世界で生きなきゃなんないんだよ。」


芹N「なづなの目はたったの2ヶ月でほとんど見えなくなった。目と同時に体の機能の低下が見られ、今まで僕らが歩んできたなんでもない日々があっという間に当たり前じゃなくなった。」


なづな「神様なんて、だいっきらい。」

芹「たしかに。意地悪がすぎるよね。」

なづな「…こわいよ。芹。」

芹「一緒にいるよ。なづな。」

なづな「…」

芹「一緒に乗り越えようなんて言わないよ。僕には何もできない。でもこうやって手を繋いで、いつでも屋上に連れて行くよ。」

なづな「…死のうとしたんだよ。」

芹「うん。生きててくれてありがとう。」


なづな「ごめんね、芹。」


芹N「なづなが声を荒げたのは、これが最後だった。」


……………………………………………………………



芹N「入院生活にも慣れ、僕らの変わってしまった日常も生活の一部になってきた頃だった。なづなは僕の手を強く掴むと意を決したように話し始めた。」


なづな「ねえ、芹?」

芹「ん?」

なづな「生前整理。したいの。」

芹「まだそういうのはいいんじゃないの?」

なづな「ううん。後悔はしたくないじゃない。悪い意味で言ってるんじゃないよ。」

芹「うーん。僕は気が進まないけど。」

なづな「生きてる時間にやりたいことをやりたいの。協力してよ、芹。」

芹「僕にできることなら。」

なづな「うん。芹にしかできないよ。」


なづな「あのね、別れよう」

芹「…どうして?」

なづな「私じゃ芹を幸せにできないんだもん。」

芹「そんなの頼んでないよ。」

なづな「絶対芹を悲しませちゃうもん。」

芹「…いいよ。」

なづな「一年後にはいないかもしれないんだよ。」

芹「うん。」

なづな「半年後かもしれない。3ヶ月後かもしれない。ううん、来月かもしれない。急変して明日いなくなっちゃうかもしれないんだよ。」


なづな「それにね、私がまだお話できるうちに言わなきゃ、芹わかんなくなっちゃうでしょ?いつ離れたらいいかわかんなくなっちゃうよ。」

芹「…」

なづな「だからね。今なの。今。私が生きてるこの瞬間に決めたいの。別れよう、芹。」


芹「ううん。なづな、結婚しよう」

なづな「芹、私の話聞いてた?」

芹「聞いてたよ。」

なづな「じゃあ、なんで」

芹「誰だって死ぬんだよ。終わりがいつかなんて僕らは分からない。なづなが言ったように一年後かもしれない。一ヶ月後かもしれない。それはなづなだけじゃない。僕だって同じだよ。」

なづな「そういうことじゃ」

芹「今日ここから帰って、そのまま交通事故に遭うかもしれない。心臓が急に止まっちゃうかもしれない。そうなったら、なづな悲しいでしょ?」

なづな「…悲しいよ」

芹「僕も悲しい。なづながいなくなっちゃったら、僕も悲しい。それも一緒だよ。」


芹「だからさ。一緒にいよう。」

なづな「っ…」


芹「なづなが生きてる間は。僕が生きてる間は。一緒にいよう。どうせどっちかが悲しませるんだから。それまでは、一緒にいようよ。」

なづな「でも、」

芹「なづな。ありがとう。」

なづな「芹、」

芹「僕を思ってくれてありがとう。」


芹N「僕はプロポーズをした。目の見えないなづなに、もう歩けないなづなに、この病室から出られないなづなに。あと、どのくらい残っているか分からない一生を僕と手を繋いでいてくれるように、最後のお願いをした。」


…………………………………………


なづな「ねえ、芹?」


芹「んー?」


なづな「芹の大事な結婚式、ちゃんとしたとこで挙げられなくてごめんね。」

芹「なづなにとっても大事だと思ってたけど?」

なづな「だって、こんな殺風景な」

芹「近しい人だけ呼んでさ、ぎゅぎゅーっと集まって楽しそうじゃない?」

なづな「でもさ、私だってね、真っ白いドレス着てさ、いっぱい友達も呼んでキャーキャー言われたかったよ。」

芹「僕は露出の多いウェディングドレスは嫌だなあ。」

なづな「なんで?一生に一度だよ?とびっきり綺麗な私に会いたいでしょ?」

芹「毎日とびっきり綺麗だよ。」

なづな「…。シュールストレミング」

芹「へ?」

なづな「すんごい臭いこと言ってんのに、芹に言われても照れないのはなんでだろう。」

芹「僕が聞きたいよ。勇気を出して言ってるのに。」


なづな「あーあ。ブーケトスしたかったなー。」

芹「小さいブーケ作ろうよ。ここでも投げられるくらいの。」

なづな「シロツメクサで作ってよ。芹」

芹「七草じゃなくていいの?」

なづな「緑ばっかり!可愛くなーい」


芹N「そんなこと冗談めいて話したあとの僕らの結婚式は、親族と本当に仲のいい友人を招いた小さなものだった。」


芹N「涙ぐむ両親と、辛そうな顔と優しい顔を交互に見せる友人達。鼻を啜る音が絶えない真っ白な病室にはシロツメクサの冠をつけた天使が佇んでいた。」


なづな「きてくれて、ありがとう。私とっても幸せなんだから。みんな、泣かないで。」


芹N「誰よりもとびっきりの笑顔で、なづなはこのひとときを誰よりも生きていた。」


………………………………………………………


なづな「ねえ、芹」

芹「んー?」

なづな「昨日ね、芹が帰ったあと聴力検査したの。」

芹「うん」

なづな「左ね、もうほとんど聞こえなかった。」

芹「そっか。」


なづな「いつか芹の声も聞こえなくなるんだなあ。」

芹「…。」

なづな「夢が覚めちゃう気がしてさ。」

芹「ちがうよなづな。これから見るのが夢だよ。また覚めたら会えるんだ。」

なづな「ふふ。」

芹「見えなくったって、聞こえなくったって毎日変わらず会いにくるよ。」

なづな「じゃあ今度の夢は早く覚めるといいなあ。」

芹「うん。」


芹N「頬の感覚が鈍くなったなづなは、自分が泣いてることに気づいていないようだった。握る手も少し震えていた。」


なづな「そう思ったら、怖くないね。」

芹「うん。」


芹N「この頃僕はまだ、助かるんじゃないかと。まだ、心のどこかでそう思っていた。」


…………………………………………………………


なづな「ねえ、芹?」

芹「…」

なづな「ねえ、芹」

芹「…ん?」

なづな「芹?」


芹「なづな。」

なづな「まだかなあ。」

芹「なづな…」

なづな「まだ、きてないのかな。」

芹「なづ」

なづな「もう夢の中かな、私。」

芹「っ…」


芹N「目の前が真っ暗になった。急に夢の世界にいってしまったなづなを見て僕は震えが止まらなくなったのを覚えている。」


なづな「もう、寂しいよ。芹。昨日は会えたのに。」

芹「いるよ、ここに。」

なづな「芹…芹…」

芹「なづな。僕は、」

なづな「…して」


なづな「…ころ、してよ。」


芹「やだよ。なづな。」

なづな「怖いよ芹…」

芹「ごめん。なづな。」


芹「僕、なんにもできないや。ごめん。ごめんね、なづな。」

なづな「…ねえ、芹?」

芹「…」

なづな「あのね、さっき看護師さんがシーツ変えてくれたんだよ。」

芹「へ?」

なづな「匂いももうよくわかんないけど、お日様の味がする。」

芹「なづな?」

なづな「あーあ。私のこの退屈な夢を芹にも見せてあげたいなあ。」


なづな「…芹との最後が、泣き顔で終わるのは寂しいからね。夢から覚めた後、芹の目が腫れてるのいやだもん。」

芹「っ…」

なづな「私は幸せだよ。芹が一緒にいてくれて。芹が私を選んでくれて。だからね。」


なづな「泣かないで、芹」


なづな「泣かないで。芹も夢の中なんだよ。」

芹「く…」

なづな「次、目が覚めたら。また手繋いでお散歩しようね。」

芹「ああ…」

なづな「ねえ、芹。」


芹N「僕の頬を流れる涙と、なづなの頬を滑る涙はぼたぼたと僕らの繋いでいる手に落ちていた。」


芹N「なづなは日々衰弱し、体に纏うコードは日々増えていった。僕は何度か通うのをやめようとした。辛くて悲しくて、別れを思うと耐えられなかった。それでも僕を動かしていたのは、なづなとの時間がたしかに幸せだったからだと思う。」


…………………………………………



芹「なづな。」


芹「なづな。」


なづなN「夢を見た。久しぶりに聞いた彼の声は弱々しくて今にも泣き出しそうだった。」


芹「…ねえ、なづな」


なづなN「なあに?芹」

芹「今日、会社で褒められたんだ。プレゼン、うまくいったんだよ。」

なづなN「よかったね。芹の頑張りが評価されたんだね。」

芹「なづな、僕ね。なづなにプレゼントがあるんだ。」

なづなN「あれ?私お誕生日だったっけ?」

芹「誕生日や記念日はとうに過ぎてるけどさ。ほら、指輪。はめられなくなっただろう?」

なづなN「そうだね、スリムになったからね。」

芹「だから、ペンダントにしたんだ。」

なづなN「ふふ、嬉しい」

芹「ほら。似合うよ、なづな。」


なづなN「一体どんなペンダントなんだろう。あなたが選んでくれたんだからとっても素敵なんだろうな。本当に嬉しいのに、どうして?そんなに泣きそうな声で話すの?芹」


芹「…いかないでよ。なづな。」

なづなN「ここにいるよ?」

芹「僕も寂しいよ。」


なづなN「ああ、わかった。私、覚めるんだ。」


芹「なづな、僕ね。前になづなが言ってたこと考えたんだ。すき がなくなったらって。なくならないよ。僕、なづながすきなんだ。自由なんかいらない、そばにいてよ。」

なづなN「私だって、」

芹「なづな、ずっと繋いでいようよ。ずっと、ずっとさ、」

なづなN「私だってっ…、ずっと一緒にいたいよ。死にたくなんかない。笑って、泣いて、同じ景色を芹と見てたいよ。」

芹「死ぬまでなんて、足りないよ。なづなが死んでも一緒にいたい。」

なづなN「芹…」


なづなN「すきだよ、せ」


…………………………………………………………


芹「ねえ、なづな。」


芹「あのね。」


芹N「カーテンの揺れる窓際は彼女の特等席だ。写真の中の彼女はいつだって愛おしく笑っている。お日様の光が反射してチラチラとプラチナについた小さなダイヤが僕に語りかける」


芹「うん。僕もすきだよ。」


芹N「僕の夢は、今日も覚めない。」

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「夢から覚めたら」 有理 @lily000

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