第3話

「近頃は随分忙しそうだな」

 そう言って、茶を淹れようかと弘紀に聞こうと振り向こうとして、いきなり弘紀に押し倒された。


「弘紀」

「ほんとうに、ほんとうに忙しくて、修之輔様に会える時間が全然とれないのです。会いたいのに」

 そう言って必死に修之輔に口づけしてくる弘紀に抗えなくて、しばらくそのままの姿勢で弘紀の口づけを受け入れた。弘紀の息が切れたところで起き上がり、肩を抱いて顔を覗き込むと弘紀の目に涙が滲んでいる。

 

 顎に指を添えて上を向かせ、その唇に軽く口づける。唇を離すと、もっと、というように弘紀がこちらを見上げてきた。

 その仕草がとても可愛らしく、修之輔はわざと唇でなく首筋に口づけた。弘紀が不満そうな声を上げたが、それを無視して反対側の首筋へ、口づけを何回か続けると、弘紀の体に細波の様な震えが走った。

 

 手の平に感じた震えは、弘紀の望みを修之輔に伝えてくる。

 

「女に触れられるのは嫌でも、俺にこうして触れられるのは、嫌ではないのか」

 いつか弘紀が自分に聞いたものと似た問いを、今は弘紀に問い返す。小さく頷く弘紀の頬に手を添えて、また唇を重ねた。

「他の誰でもなく、修之輔様に触れて欲しいのです」

 分かっているでしょう、と焦れてこちらを見上げる弘紀の肩を軽く押すと、二人の体勢は入れ替わり、弘紀は自ら仰向けに横たわった。その蘇芳の小袖の襟と襦袢の合わせに手を差し入れて襟を開き、素肌の胸に手を差し入れながら帯を解いていくその間、弘紀は自分の袴の紐を解いて脚から抜いて露わになった腿を修之輔に絡めてきた。


 灯明の灯りを滑らかに映す蘇芳の小袖と真白な襦袢を躰に絡めて息を乱した弘紀の姿はひどく煽情的だった。


 小袖と襦袢を弘紀の肩から床に滑り落して露わになった胸の突起に触れると、弘紀は身を捩ってそれに応えた。しなやかな首筋に舌を這わせ、深い口づけを繰り返す。弘紀の反った腰がやがて震え始めるのを指先に感じ、下帯を緩めて弘紀の張り詰めたものを外に引き出してやると、それは修之輔の指と下帯の布に強く摩擦された。

「……あっ」

 腰を強く反らせ、弘紀は修之輔の腹に放った。放出の余韻に息を乱して喘ぐ弘紀の頬を撫で、その指で己の腹から弘紀が出した液を掬って弘紀の後ろに塗り込める。入り口を指先で二回、三回と柔らかくなぞり、ついでゆっくりと人差し指を中に差し入れると、弘紀が体を固くするのが分かった。

 一度指を抜き、今度は中指も揃えて二本をゆっくりと差し入れる。入り口は固くてなかなか解れず、弘紀は息をひそめるようにして修之輔にしがみついている。

「怖いか」

 そう聞くと、少し、と答えた。弘紀のそこはまだ受け入れられるようにはなっていなく、無理に挿入すれば痛い目に遭わせてしまいそうだった。


 むかし、己の身に受けた仕打ちを思い出す。


 修之輔の指を包む弘紀の体の中の粘膜は濡れて温かく、これが自分を包む甘美さを思うだけで快感に息が詰まるが、苦痛に歪む弘紀の顔を見てまで自分の欲望を押し付けたくなかった。

 指を抜いて周りを宥めるように撫でてから弘紀の首筋に軽く口づけた。

「あの」

 戸惑う弘紀に、続きはもう少し慣れてからにしよう、というと弘紀は複雑な顔をした。自分だけ気持ち良くしてもらってそれでは申し訳ない、と義理堅いのか何なのか分からないことを言う。思ったより萎れる弘紀の裸の肩に小袖を背中からかけてやった。

 何か逡巡する様子だった弘紀がするりと修之輔の足の間に身を横たえて、そのまま、まだ熱の残る修之輔の先端を咥えた。温かく柔らかな粘膜に包まれる感覚に修之輔の口から思わず声が漏れる。

 蘇芳の小袖の裾は床に流れ、付け根から剥き出しになった弘紀の足が修之輔の足に触れた。弘紀は濡れた音を立てながら、舌を絡め、指で握って擦り始め、時々これでいいのかと上目遣いの潤んだ目で修之輔の目線を求めてくる。弘紀の気品ある顔立ちと淫靡な仕草が快楽を高めて、修之輔は弘紀の口内に放出した。弘紀は喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。


 双方の興奮の波が一通り納まって、以前のように寝床を並べて横になったもののまだ物足りなく、唇を重ねて舌を絡めながら互いを刺激し合い、二人同時に果ててようやく眠りにつくことができた。

 弘紀のあたたかな体を腕に抱いて眠る夜は、ひどく久しぶりのような、あるいは一人で寝ていた今までが長い夢だったような、どちらともつかないそんな気持ちのまま、ただ、二人して深く眠った。


 次の朝早く、修之輔は戸外の動物の気配に目を覚ました。弘紀はまだ眠っている。どうしたらこういう寝相になるものか、夜着からはみ出す弘紀の手足を中に納めてやってから、修之輔は外に出た。


 外では弘紀が乗ってきた馬がしきりに鼻を鳴らしている。馬の世話をしたことがない修之輔は勝手がわからず、とりあえず桶に水を汲み与えてみることにした。後ろから近づいてはいけないというのは聞いた覚えがあるが、それが何故なのかは分からない。馬の正面に回り込んでから近づき、水の入った桶を地面に置く。

 馬は鼻先でしばらく桶の周りを嗅いでいたが、やがて鼻から長い息を吐き、水を飲み始めた。餌は何か食わせた方が良いのだろうかと思ったが、庭に生える雑草が食いちぎられた形跡がある。


 修之輔は馬をこんなに近くしげしげと見るのは初めてだった。この藩で馬を騎乗のために所有できるのは上級武士だけだ。藩主は城内に馬を数頭揃えた厩を持っているが、家臣で持っている者はそう多くない。祭礼など何かの折に行列があったとき、手綱を弾かれ通りを歩む様子を遠目に眺めるくらいだ。山の方では荷を運ぶための馬を農民が使うというがそれもまた修之輔に縁のない話だ。

 弘紀の乗ってきたこの馬は、鹿毛というのだろうか、毛艶の良い茶の馬体に黒い鬣、四肢の先が黒く染まっている。額に白い星のように斑点が一つ。背に置かれたままの鞍は手の込んだ細工がされていて、遠目に濃紺と見えた手綱は近づくと細やかな青海波せいがいはの文様だった。弘紀の使う手拭いと白地と色地が反転している。

 馬は穏やかな黒い目を時折ゆっくりと瞬かせており、その動作はこの動物が今の状況を警戒していないことを物語っていた。冬毛だからだろうか、柔らかく温かそうな茶色の毛並みに触れて見たくなり、地面にしゃがんで手を伸ばし、水を飲む馬の鼻面を指先で掻いてやると、馬はいきなり顔を上げた。嫌がったかと思ったがそれ以上動かない。もっと掻けということらしい。


 どことなく主人である弘紀のふるまいを思わせるその馬の鼻面を手の平でごしごしと撫でていると、想う当人の弘紀が起きたらしく、背後で戸が開く音がした。

「おはようございます。えっと、気を付けてくださいね、そいつ時々人を噛みます」

「おはよう。そういうことはもっと早く知らせてもらうと助かるのだが」


 明るくなってからの城下での騎乗はさすがに目立つから人目のない内に、と、弘紀は身づくろいをしてすぐ、馬にまたがり本多の屋敷に戻っていった。

 一晩、馬具を付けられたままの馬は少々気難しくなっていたようで、駆け始めるまで何やら弘紀ともめていた。なるほど、こういう時に近づくと噛みつかれるのだな、と思いつつ、馬の扱いに慣れる弘紀の姿の思いがけない凛々しさに目を奪われた。御前試合前日、出場する者が集まって行う稽古には参加できるが、またしばらく来ることができない、という寂しそうな顔に、昨夜の乱れた姿が重なり、馬上の弘紀を抱え下ろして自分の腕の中に留めて置きたいと強く思った。

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