未来の生活

 その青年は、山登りが趣味だった。今彼は、車で一時間弱走ったところにある山を登り、山頂にたどり着いたのだった。目の前には、開かれた空と小さな街並みが広がる。空気は新鮮で冷たく透き通っていた。

 しばらくは登頂の達成感と美しい景色に意識が向いていたが、不意に違和感に気づいた。青年が横を振り向くと、全身タイツの男がベンチに座り、青年を茫然と見つめていた。すぐに目をそらしたが、視線を依然として感じるのでまた振り向くと、全身タイツの男と青年はまた目があった。どうやら男は青年をずっと見つめているようだった。

 はじめは不快に感じていた青年だったが、男の様子をしっかりと見返すと、彼からは不思議と親しみのようなものが感じられた。全身タイツという不思議な恰好ではあるのだが、不気味であったり、不愉快になったりする印象は受けなかった。むしろ、十年来の友に再開したかのような、妙な高揚感さえ感じられた。

 すると突然男は立ち上がり、青年に近づくと、こんな風に話しかけた。

「あなたは幸せですか」

 いかにも怪しいフレーズを言う男に、青年は薄笑いした。

「山登りの後は清々しい気持ちになりますよ。あなたもそう思いませんか」

「私は山を登ってきていません。あれで未来からこの場所に瞬間移動してきたのです」

 男が指さす先には、何もなかった。ただ木や草が生い茂っているだけだった。しかし、その数秒後、目の前一メートル先の空間が歪み始め、銀色の球体が出現した。どうやら彼は本当に未来からきたようだった。

「おかしな恰好をしていると思ったら、未来人だったのですね。驚きました」

「未来では誰もがこの格好です」

 青年は目を丸くした。もはや登頂の達成感など忘れ、突如として出会った未来人に興味を奪われた。

「僕を未来に連れて行ってくださいよ」

「ええ。もちろんいいですよ」

 青年と男は銀色の球体に乗り込んだ。そして男はボタンを一つ押すと、「つきました」と力なく言った。球体から外に出ると、未来の街が広がっていた。高さ千メートルほどにも及ぶ真っ白な建築物が並び、空には車に羽をつけたような乗り物が飛び回っていた。そして、歩く人は皆全身タイツだった。青年は度肝を抜かれた。

「すごい。まさに未来ですね。さぞかし生活は素晴らしいものなのでしょうね」

「あなたたちの時代と比べれば、それは凄いですよ。まず働かなくてもいいですし、家事は全てロボットがやってくれ、食べ物は不自然なほど美味しく、楽しい娯楽で溢れています」

「こんな時代に生きるあなたは幸せですね」

 男は眉をひそめた。

「私が幸せだなんて、とんでもない。私よりもいい生活をしている人が他にたくさんいるんですから」

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