多すぎた思い出

 春風が太陽の暖かさを運んでいる。公園のベンチに座っているその男は、何をするわけでもなく、ただ時間の流れを肌で感じるように、そこに座っている。公園では、子供たちが大声を上げながら楽しそうにサッカーをしている。

 男は目をつむり、過去を振り返る。彼女との出会いは、大学だった。ゼミで同じになった彼女は透き通るほど爽やかで、同じ人間とは思えなかった。何もかも純粋なものだけで形作られていた彼女は、あまりにも魅力的で、眩しかった。

 人生で初めて、性に合わない猛アプローチをした。遊びに誘い、いろんな場所に出かけた。いろんな体験を重ね、時に笑い、時に泣き、時に今死んでしまってもいと思うほど、人生は喜びで満ちていた。人生の意味が分かった気さえした。

 だからこそ、男は一生消えることのない傷を負った。彼女の死はあまりにも突然で、慈悲もなかった。何度も、彼女の後を追うことを考えた。しかし、男は死ぬのが怖かった。死への純粋な恐怖だけが、男が死を踏みとどまった唯一の理由だった。

「どうしたの」

 目の前に、見知らぬ男の子が立っている。小さい顔につけた大きな瞳が、彼女に似ていた。

 男はいつの間にか赤く染まっていた空に気づき、時間の流れに驚いた。また、溢れていた涙にも気づかされ、急いで拭いた。

「なんでもないよ。心配してくれてありがとう」

 男の子はニタっと笑って、サッカーボールを蹴りながら友達の元に戻っていった。ちょうど、男の息子と同じくらいの年だ。……そうだ。息子は今頃、家でお腹を減らして男の帰りを待っているかもしれない。急いで帰ろうと、男はベンチから立ち上がった。

 もちろん、男は最愛の息子の存在を忘れていたわけではない。ただ、思い出が多すぎたのだ。男は思い出を夕焼けの空に残し、今を生きる。

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