性質
「洗濯物をたたんでおいてくれ」
主人の声がロボットの集音マイクに響く。ロボットは快く返事をする。
「かしこまりました」
ロボットは洗濯の終わった衣類を次々に整頓していく。ロボットは従順で、よく働く。頼めば大抵のことは素早く行ってくれる。しかしこの日、ロボットの動きが少し鈍くなる瞬間があった。主人の次の命令に対してだった。
「飼っていたロボット犬、もう動かなくなってきたから、処分しておいてくれ」
ロボットは胸の内の集積回路に、今まで感じたことのない、妙な感覚を味わった。それは人でいう、哀しみに近い感覚だった。
「まだ動いています。修理すれば、以前のように元気な姿に戻るはずです」
主人は視線をテレビからロボットに向けた。彼はロボットから「かしこまりました」以外の言葉が出たことに少し驚いたようだった。
「新しいのが欲しいんだ。さっさと捨てといてくれ」
「……かしこまりました」
ロボットは動きの鈍くなった犬ロボットを抱えた。どうしようもなく切ない気持ちになりながらも、犬ロボットを車の後部座席に乗せ、焼却炉まで走った。
犬ロボットを抱え、廃棄スペースへと足を運ぶ。ダストシュートを開き奥を覗き込むと、かなりの深さがあり、その下でたくさんの捨てられたモノたちが、巨大な金づちのような機械で押し潰されているのがわかった。今この手を離せば、犬ロボットはたくさんのモノがひしめく遥か下方に落ちていき、すぐ粉々に粉砕され、何か別の物にリサイクルされるのだろう。そのことがなぜか、哀しいことにロボットは感じていた。処分しなくても、こっそり逃がしてやってもいいのではないか。主人の銀行からばれないように金を引き出し、修理してやってもいい。ロボットは見つめてくる犬ロボットを見返しながら考えた。やはり処分するのはかわいそうだ。こっそり逃がしてやろう。そう決めた。
そのとき、ロボットの内側から強い衝動が沸き上がった。それは人でいう、恐怖に近い感覚だった。ロボットは勢いよくダストシュートに向かって犬ロボットを投げ込んだ。
ロボットは思わず床に倒れ込む。何が起きたのかわからなかった。しかし少しの混乱の後、ロボットは気づいた。自分には人に尽くそうとする性質が埋め込まれている。それは気づいても自分の意志では到底抗うことはできない。そうプログラムされているからだ。合理的なロボットはすぐにそれを受け入れた。すると気持ちは晴れやかになり、以前気づかなかったことに気づく。主人、いや主人だけではない。人間たちにも、ロボットである自分と同じように、様々な性質が埋め込まれているのだ。欲と言った方が適切かもしれない。また、それに抗おうとする人間の、なんと数の多いことか。
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