一連の流れ
私は今年の春、晴れて誰もが知る大企業に就職した。思い返せばこれまでの人生、一度も大きなミスなくやってきた。私は幼い頃から欠点という欠点がなかった。大抵のことは人並み以上にできたし、勉強は特によくできた。何もかもうまくいきすぎていたのかもしれない。
入社してすぐ、私はクビになった。外回りの仕事を終え、上司とタクシーに乗って本社に戻っている最中、私は全身から血が抜かれたように青くなった。絶対に紛失の許されない書類が見当たらないのだ。細心の注意を払って鞄に入れていたはずだ。記憶をたどっても、どこでなくしたのかさっぱりわからない。正直に重要書類をなくしたことを上司に伝えると、あっけなくクビを宣告された。
私は生きる屍となった。何をする気力も沸かず、これまでの人生で積み上げてきた自信を全てなくした。というよりも、今まで完璧に進みすぎていた分、私の心は自分の犯した陳腐な失敗とその責任を受け入れることが出来なかった。
しかし、三日も枕を涙で濡らす日々が続くと、私の心に変化が表れた。自分を許してやろうと思った。誰だって失敗をする。それに、大企業でキャリアを積み上げることが人生の目的なんて、酷く虚しいものではないか。自分の力を、自分のためではなく、人のために精一杯使う。その方がよっぽど人生の目的として高尚で、意味のあるものではないか。私は小さな会社に再就職した。そして利益ではなく、社会のためになるサービスを生み出すべく仕事を続けた。
一年後。小さかった会社はかなりの規模に大きくなった。謙遜せずにいうと、私が作ったプロジェクトが大成功をおさめ、相当な顧客をつかんだからだ。これも、利益ではなく人のためを追求した結果だ。私はプロジェクトが成功したことよりも、多くの人の役に立てたということがとても嬉しかった。そうしてじんわりとした喜びに浸っているとき、思わぬ出来事が舞い込んできた。去年、私がクビになったあの大企業からスカウトされたのだ。私はそれを承諾し、再入社した。今の私は、去年の私とはまるで別人に変わっていた。自分のキャリアに固執せず、人の役に立ちたいという思いが強かった。そして何より、学歴も何も関係なく、実力だけで社会の役に立つサービスを生み出した。そしてこれから、私は大企業の大きな影響力を借りて、さらなる社会貢献をするのだ。
入社してしばらくたったころ。上司と会社帰りに飲み屋に立ち寄った。そして、ふと上司はこんなことをもらした。
「実はこの会社、新入社員を一回クビにするのが決まりなんだ」
私は耳を疑った。驚いて上司を見ると、彼は至って真剣な顔だった。
「研修期間だよ。重要書類をなくさせるとかして、一度クビにして、小さな会社で実績を積んでもらうんだ。そうすることで学歴に関係なく実力を磨くことができ、いい実戦経験になる。それに、妙に高いプライドを持っていたやつは気持ちを改めるようになるし、一石二鳥なんだ」
私はジョッキを持つ手が怒りに細かく震えているのに気づいた。私がかつて、どれだけ葛藤し、悩んだか。あの出来事が意図されたものだったなんて。自分の気持ちを踏みにじられた気がして、どうしようもなく腹が立った。上司は私の気持ちを察したらしく、私の肩を叩いて、
「そう怒るなよ。また入社できたじゃないか」
「そんな手の上で転がすような、意地の悪いことをするなんて信じられません。私が一年前、どれだけ葛藤し、悩んだか。そんな制度、すぐに廃止するべきです」
上司の男は困ったように、酒を一口飲んだ。そして、息をついてから言った。
「いや、実はな、君はすごく優秀な成績で入社したから、研修期間はなかったんだ。それよりも、将来重役になってもらうべく、教えるべきことがたくさんあった」
私はわけがわからなかった。
「どういうことです。実際、一年前私はクビにされたじゃないですか。書類をなくしたということで」
「君は一年前、本当になくしたらいけない書類をなくしたんだ。まだ気づいてないみたいだけど、君は社内で結構有名人なんだぜ。みんなからセルフ研修って呼ばれてるんだ。まあ、とにかく今度は気をつけてくれよ」
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