宗教

 山奥に隠れるようにしてその建物はあった。木々に囲まれたその小さな洋式風の建物は、真っ白で妙に清潔感があり、その空間から浮いていた。今、そこを顔に陰のある青年が訪れた。青年がドアをノックすると、大柄だが親しみのある男が顔を出し、優しく応じた。

「おまちしておりました。どうぞ」

 青年は促されるままその建物に入り、部屋の中央に置かれたテーブルに男と向き合うように座った。

 男は足元から銀の球体を持ち上げ、テーブルに乗せた。そして話し始める。

「我々の教団に入るためにすることはたった一つ、この球体に触ることです。そしてあなたに何も起こらなければ、入団の許可が神様から降りたということになります」

 青年は無表情に頷き、手を伸ばした。そして、その球体に優しく触れる。数秒、辺りは空気を抜いたように静まり変える。その瞬間、青年は眠るように床に倒れる。

 男は立ち上がり、青年の脈を確認する。彼は死んでいた。


 この一連の流れは、新しい死刑制度だった。死刑の判決を下された者は記憶を消され、悩み多き者の記憶を移される。悩み多き者は宗教から安らぎを求めるものである。そんな死刑囚に入団を迫り、森深くのこの建物に誘導し、安楽死のような形で自ら死を選ばせるのである。


 しかし、長く死刑囚に球体を触らせる役割をしているこの男は、最近思うことがある。この制度には無駄が多すぎる。それに、この球体の仕組みがわからない。男が触っても何も起こらないのに、訪ねてきた人に触らせると必ず死ぬ。そして、この球体を触っても自分は死なないと信じ切っていることに気づき、自分もここを訪ねてくる人々と変わりないことに気づく。自分の方こそ記憶を改ざんされているのではないかと思い始める。想像は広がり、この球体はまさに神が地上に下さった、選別者を見つけるためのもので、この球体を触れても死なない者がいつか現れると、男は確信する。いや、見つけ出さなければならないと強く心に決める。ここを訪ねてくる人だけでなく、そのほか沢山の人々にもこの球体に触れさせなければならない。また、この球体に触れても死なない自分は、神に選ばれし者だという確信に、男は至る。

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