進化剤

 人類の文明が最高潮に達していた。空間上に映されるディスプレイ。高さ千メートルにも達する、超高層ビルが建ち並ぶ街並み。そこを走る、タイヤのない車。しかし、文明がそれだけ発達した分、代償も大きかった。石油はとっくの昔に堀つくし、世界の各地では極端に暑かったり、寒かったりした。暑い国を冷やし、寒い国を暖める。そんなことを繰り返しているうちに、さらに資源は減っていき、限界が近づきつつあった。

 そんな中、その薬は発明された。進化剤と呼ばれるカプセル型の薬。これを定期的に飲んでいれば、生き物が持っている進化する能力を極端に上げ、様々な環境に対応することができる。例をあげれば、暑い地域では暑さを感じなくなり、寒い地域では寒さを感じなくなるのだ。もちろん、他の様々な問題にも対応できる。

 その薬は早速大量生産され、全人類に配られた。幸運にも進化剤の材料は大量にあったので、数百年は無くなる心配はなさそうだった。

 最初は未知のモノに対する恐れから、進化剤を飲まない人は多かったが、テレビなどのメディアでその薬の安全性、効き目などが嫌という程放送され、結局はほとんどの人々が飲んだ。進化薬を飲まない少数派の人々は、何かしらの原因で死んでいった。

 進化剤を飲んだ人々には、早速素晴らしい効き目が現れた。寒さや暑さに苦しんでいた人は、それから解放され、薄着に着替えた。食べ物に困っていた人々は、少量でも大丈夫なように進化し、飢餓問題はなくなった。驚くべきことに、誤って崖から落ちた人には翼が生え、ゆっくりと地表に着地することができた。

 世間は進化剤の話題で持ちきりになった。進化剤に対する称賛の声、不思議な進化をした男の話。中には人が死ななすぎるせいで人口爆発が起きると警告した者もいたが、進化剤のおかげで人口爆発が起きても問題なかった。

 そんな中、進化剤とは全く別の話題で持ちきりになる。巨大隕石が地球に落ちようとしていたのだ。回避は不可能であり、大きさからとてつもない被害が出ると推定された。

 人々は絶望し、教会に通い始め、好きなことをし始めた。近い終焉の日を覚悟して。

 しかし、隕石衝突の日、誰も死ななかった。隕石は間違いなく衝突したのだが、その瞬間だけ、全人類は仮死状態に入り、凄まじい爆風、高温、衝撃に耐えることができたのだ。隕石が落ちたのにも関わらず生きていた人々は、荒れ果てた地上で歓喜の声をあげ、その声は晴れ渡る空に響いた。

 しかし、すぐに悲報が入った。大量の進化剤を保管していた保管庫が、隕石の爆風によって吹き飛んでしまったのだ。地下深くにあった大量の進化剤の材料は、素晴らしい発掘技術のおかげですでに掘りきり、全てストックにまわしていた。しかし、そのストックがなくなったため、偶然無事だった少量の進化剤しか残らなかった。

 それを聞いた人々は、特に焦らなかった。進化剤がなくても大丈夫なように進化すると思ったのだ。しかしそれは、進化剤の開発者によって否定された。進化剤なしでは、人々は進化することはできない。このままでは、これからさらに増していく暑さや寒さ、飢餓によって、一気に沢山の人が死ぬことになる。それを聞いた人々はパニック状態になった。そして、進化剤を奪い合う戦争が始まった。

 進化するとはいえ、何発も銃弾を食らえばさすがに死んでしまう。戦争はとどまることを知らず、悪化していった。

 某国の最高司令官は、この戦争に勝つため、一つのボタンを押そうとしていた。核ミサイルよりも強力な新型ミサイル。これを相手の国に打ち込む。沢山の犠牲が出るだろうが、仕方がない。我が国の国民が生き残るため……。

 最高司令官がボタンを押そうとしたその時、進化は起きた。


 全ての人々に最後の進化が起きた。いや、もう人々と呼べない状態になっていた。全身毛むくじゃらになり、知能は文明を築くことができない程下がった。猿になったのだ。戦争は終わり、進化剤を奪い合わずにすむ。一番いい形に進化したと言えるに違いなかった。

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