第17話 護衛と浅はかな罠 前編

 翌日。朝食を済ませギルドに行くと、隣にヘイが座った。


「おはよう。いやー昨日さ、娼婦を買ってイチャイチャしてたら、俺の女に手を出しやがってとか言う男が入ってきたんだ。だから女性をベッドから突き落として、銃を持ってドアノブを破壊する爆弾を掛けておいたから撃って爆破させたんだ。そしたら木片がそいつの片方の腕と、目に刺さって耳がダメになっちゃった。美人局かと思ったよ」


「なにやってんだよ……」


 俺は目をつぶりながら軽く首を振った。いや、クレイモアじゃなかっただけ良しとしよう。


「だってさ娼婦だよ? なんで自分の女扱いするの? どういう事情か知らないけど片思い? 優しくされちゃった? お気に入りだった? なら身請けすればいいだけじゃん? なのに本番前のイチャイチャして盛り上がる直前に、部屋にドスドスと入り込んできちゃってさ」


「で、そのあとどうなったんだ?」


「ひょろい感じがする、けど全身筋肉細マッチョみたいな男が来て、色々叫びながら必死に周りを止めてたよ」


 あー。なんか光景が目に浮かぶ。


「あいつか?」


 俺は、こちらに向かってくるウェスを指さした。


「そうそう、あの人。多分だけど、娼館の裏にいる怖い人にも話付けてたね」


「二人に話がある、付いてこい」


 ウェスが怒気を含んだ声で、もの凄く良い笑顔で入り口を親指でさした。


「いいから表に出ろ。って顔と仕草だね。で、誰?」


「ある意味俺の見張り役だ……。多分お前の見張り役にもなるかもな」


「ふーん。で、何で周りに誰もいないの?」


「ココで喧嘩おっぱじめそうな雰囲気だからだろ、いいから出るぞ。色々お世話になってるから、言う事を聞いておいた方が良い。絶対に」


 そう言って立ち上がり、ウェスの後に付いていくと馬車が用意されていた。また、上級区のお屋敷で説教コースか……。



 屋敷に着き、メイドさんがお茶とお菓子を持って来て、ドアが閉まった瞬間ウェスが呪詛を唱えるように声を出した。


「そっちの奴、自己紹介をしてくれ」


「まずは自分から名乗って欲しいね。当たり前だよね?」


 ウェスがプルプルと震え、ヘイを睨みつけながら自分の名前を名乗り、顎をしゃくった。


「本名は理由があって言えない、だが皆からヘイと言われ、それで通している。確認しろ」


 ヘイが真面目に答え、ギルドカードを滑らせてウェスに渡した。


 そして昨日の夜の事を聞かれ、それにも真面目に答えていた。元はクソ真面目なリーマンだからな。空気ぐらいは読んだんだろう。


「おいスピナ。正直に答えてくれ……。コイツヘイはどういう性格なんだ? フザケてるかと思えば、クソ真面目になりやがった。どう扱えばいいんだ?」


「そうだな。元々――」


「待て、が答える」


 俺が口を開いたらそれを遮られ、自分で喋るみたいだ。


「俺は今までクソ真面目に生きてきた。寝て起きて、飯を食って社会の為に真面目に働き、家に帰って寝る。それの繰り返しだった。だが、溜まりに溜まったストレスの捌け口を、どうすればいいか悩んでいた。もういいんじゃないか? そう思ってね。それからは、真面目に不真面目をするようになり、色々な場所で女を買い、その日暮らしをしつつ楽しく生きてきた。どう扱えばいいか……って質問だが、君はいつも通りでいい。キツい言葉だろうが、当たり散らそうが、のを邪魔しなければそれでいい」


 ヘイは指を組み、静かに語るように言ったが、ソレってこっちに来てからの設定だよね?


「……そうか、お前の扱いは楽でいいって認識で良いか?」


「あぁ、問題はない。昨晩の件について聞きたい。俺の罪はどうなってる?」


「自衛のために魔法をぶっ放し、ドアごと男の手を吹き飛ばし、無力化したところでヘイが回復魔法をかけ、俺が手を回して、衛兵に突き出すのを止めさせ、娼館に修理代を払い、迷惑料として娼婦に追加で金を払った。女は感謝していたぞ。付きまとっていた男が痛い目をみたからな」


「別にどうでも良い。気が向けばまた同じ娼婦でも買う機会があるだろうからな。その時に少しピーピーを期待するだけだ」


 朝の会話じゃねぇよ……。


「つまり、お楽しみを邪魔されたから怒ったと」


「そうだ」


 ヘイは、だから何? って感じで言っていた。


「用件は説教だけか?」


「仕事を頼みたい。どうせヘイにも俺の事を話しているんだろ? ここで話しても問題はないよな?」


 ウェスは確認するように聞いてきた。


「あぁ、依頼料の見直しを提案されたよ。一律金貨一枚じゃ少ない内容も多いってな」


「そうだな。けどお前が金貨一枚にこだわっていたから、金貨一枚だった」


「あぁ、その辺は文句はないし、今更その時の依頼料を増やせとも言わない。ただ、今後は最低金貨一枚って事にしておく」


「いいだろう。一人か? 一組か?」


 ウェスはヘイの方を見て金額の話をしている。


「俺はどっちでもかまわない。楽しければ……な。ただ、明らかに依頼内容と合わない金額だったら口を出す」


「なら一組でいいだろう。討伐部位はチームで山分けだからな。こっちもヘイがいれば、仕事がやりやすくなるのは確かだ」


「了解。スピナがソレで良いなら文句は言わない。仕事の話を続けてくれ」


 ヘイはそういうとポーチから本を取り出し、お茶を飲みながら本を読み始めた。


 ポーションの作り方中級編? どう考えても、俺達には必要ない内容だろう。楽しそうだから読んでいるのか? あ、媚薬のページ読んでる……。


「気に入らないと思うが、メディアス様の護衛を頼みたい。隣国……アラバスターとの小競り合いで、一時的な講和を結ぶのだが、国境線付近の街と言う事で、ルチルに使者が来る。だが、密偵の手紙では暗殺計画が出ており、機会があればまたこちらに攻め込む算段らしい」


「なんでメディアスなんだ? 講和ってもんは国や一番偉い奴同士でやるもんだろ?」


「小さな村の取り合いでの小競り合いで、向こうは国境付近の貴族が勝手にやった事と言っている。だから貴族同士の講和だ」


「攻める時は国に使者、負けたらご近所の貴族……。清々しいくらいに二転三転するな」


「気分で国境線が変わる時代だ、国王同士が出る事なんかほぼないぞ。まぁ、今回は代理みたいなもんだろ。つっ立ってて何もなくても金貨一枚。暗殺があったら僕達は暗殺者をミンチにして、その貴族が勝手にやった事にされて、責任をとらされて首切りになって頭が挿げ替わる。そしてまた戦争。以下繰り返し。しばらくは稼げそうだね」


 なんかヘイの声が、すごく真面目なんですが……。


「問題はこちらの疲弊具合と兵糧だね。なら最初から帝国も総力戦の方がいいと思うが、膨れ上がった国土に対して生産力が追いついてないなら、多少国民や兵士を選別して、ビスマスや周辺諸国に殺させている? って見るのが妥当だよ。吸収した国の使えない兵士や土地の痩せた寒村なら、僕だったら処分する。兵士は金食い虫だ、生産性はなし。まぁ、未開拓の土地を開拓させる方が、使うならその方がいい。そのまま捨てられる」


「おい、もういいいだろ」


「いいや、まだだ。とりあえず、利益と損害を天秤にかけさせて、損害の方が多いと相手に思ってもらった方が、確実にいいだろうな。この国は、抑止にどのような事に取り組んでいるんだ?」


まつりごとは知らん」


「そうか……。国王の部下の部下に聞いても無駄か」


 いったいヘイはどうしたんだろうか?


「おい、何かあったのか?」


「娼館で働いている女性には数種類いるが、代表的な物を挙げよう。圧倒的物好きか、収入がなく堕ちた場合だ。この街に来る前に、買った女性の旦那が兵士。財産を削りながら糊口を凌いでいたが、ついにどうしようもなくなったらしい。戦没者遺族への保証はあまりないそうだ。ソレと女性の雇用が圧倒的に少ない。この辺りを改善させる必要があるが、公爵と話し合う時間はあるだろうか?」


「あ、あると思うぞ」


 ウェスはいきなり振られて少し焦っているが、何とか返事をしたっぽい。


「思うじゃ困る。取り付けろ。なけりゃ時間を作れ。作れないなら俺もスピナも降りるぞ」


 ウェスはタジタジになっているが、ヘイもヘイだ。なんでエンジョイ勢やってたか納得いった。地の性格が真面目すぎで堅い……。娼館で遊んでたかと思えば、しっかり情報収集してやがる。


 なんでエンジョイ勢の性格を普段の方に選んだんだよ……。


「まぁ、まずは戦いを成立させない事だな。戦争が始まったら真っ先にぶっ放すのが一番良いな」


「それなー、俺も現場にいる上に言ったんだが却下された。一人だけ強い奴がいると戦況が読みにくいらしい」


「二人になった。一足す一は二じゃないぞ。俺達は一足す一で二百だ、十倍だぞ十倍」


 俺はかなり前のプロレスラーの台詞だと思いだし、一拍置いて盛大にお茶を吹き出し咳込んだ。


「お、おい。平気か?」


 珍しくウェスが心配をしてくれた。だって吹き出したお茶の量が大量で、鼻からも出ていた。


「あぁ、平気だ。内輪ネタみたいなもんだ。当時大笑いして、今ソレをヘイが持ち出してきただけだ。悪いが拭く物はないか?」


 ウェスは布巾を投げてきて、ヘイの方を見たらドヤ顔をしている。ぶん殴りたいくらい完璧だ。


「なら護衛の打ち合わせは、謁見も含めてって感じで良いか?」


「それでいいよ。謁見は僕だけ呼んでくれればいいから。多分スピナは興味ないだろ?」


 いきなり設定した性格に戻りやがった。僕とか俺とかで真面目な性格と使い分けてるのか?


「俺の時みたいにならない事を祈る」


「コイツの性格はなんとなくわかった。報告はするし、いきなりぶっ放す事はないだろう。後日余裕を持って伺う。スピナは帰って良いぞ。俺はコイツを送り宿を確認する」


「あ。監視? 宿は定期的に変えようかなー」


 ヘイがそんな事を言ったら、ウェスの左目がヒクヒクとしていた。けどココで何か言ったら、楽しく思われると思ったのか、がんばって黙っていたみたいだ。血圧とか平気かな?



 数日後、営業時間が終わりそうな頃にヘイが訪ねてきた。


「やぁ、久しぶり。公爵に会ってきたよ」


「おう、どうだったよ」


「顔が良い奴同士の掛け合わせが何代も続くと、ああいう風になるんだね」


「いや、そうじゃない……」


「わかってるよ。とりあえず言いたい事は言ってきた。ある程度改善はすると思うけど、時間はかかるだろうね」


 ヘイは空いている席に座ながら答えた。


「女性の雇用についてだっけ?」


「他にも五個ほど言ってきた。最後は作り笑いだったな」


「そうか。で護衛の方は?」


 俺は、水の入ったカップをヘイに出してやる。


「八日後。一日中張り付つく感じだね」


「移動経路や部屋の見取り図、相手の宿泊施設は?」


「極秘かな? 僕にも教えてくれなかったし。とりあえず相手がルチル入りしたら護衛開始、当日は張り付いて護衛。去るまで片方が監視みたい」


「依頼する方にも極秘って……。そんなに知られたくないのかよ」


「信頼されてないんでしょ。もしくは護衛面で確実に当日まで秘匿したいか。けど、確かにあの傲慢さには結構来る物があるよね。スピナが怒るのもなんとなくわかる。公爵が女性だったらピーをした後に、プライドをへし折ってからピーをしてピーをして泣かせたい。けど気の弱い系だったら、優しくしてあげたいなー。そしてイチャイチャしたい」


「ヘイって言ったっけ? ここに乙女がいるんだけど?」


「ははは、申し訳ありませんでした。生理があるうちはどんな方でも乙女ですよね」


 ヘイがニコニコと軽口を言うと、グリチネは食卓用のナイフを持って立ち上がった。


「ごめんごめん。グリチネさんはかわいいですし、もの凄く乙女ですよ」


「遅い」


 グリチネは短くそう言うと、思い切りヘイに向かって投げつけるが、ソレを最低限の動きだけでナイフを木製のカップで受け止めた。


 一瞬、映画で投げナイフを得意として、結構多用している御髪の薄い俳優さんが背後に見えた気がする。


「ひゅー。凄くおっとめー」


 ヘイは笑顔で、ナイフが刺さったままのカップの水を飲み干した。今後はグリチネに何かいたずらや、冗談を言う時は気をつけよう。


「ってな訳で、ウェスがこっちにも言いに来ると思うから、長期間留守にする仕事は駄目ね。ナイフとコップ代いくら? まぁいいか。娼館行ってくる」


 ヘイはテーブルに銀貨を置き、軽く手を振りつつ、挨拶してから逃げる様に出て行った。


「あんたの知り合いも大概ね」


「灰汁の強い奴しかいねぇわ。けど、根っこはしっかりしてんだけどなぁ……クソが付くほどに」


 俺はこの間の事をグリチネに説明をした。


「へー、ただの軽薄な男じゃなかったのね。公爵に何を言ってくれたのかしら」


「わがんね……。どっちが本当のあいつかわからねぇからな」

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