第31話 告白
目を覚ましたとき、俺はどうやらどこかに寝かされていたようだった。
どこか遠くからはしゃぐ声が聞こえる。
けれど、俺の周りは静かだった。
「あ」
俺が目を開いたことに気づき、小さく声を漏らしたのは笹倉だった。
「……ん?」
そしてようやく、俺の顔が何か柔らかいものの上にあることに気づく。
俺は上を向いていて、目を開くとこちらを見下げる笹倉の顔がある。答え合わせをするまでもなく、俺は膝枕なるものをしてもらっていた。
「うへ!?」
あまりにも驚いてしまい、俺は変な声を漏らして起き上がろうとする。
が、その瞬間に笹倉が俺を押さえつけ、再びさっきの姿勢に戻される。
「ダメだよ。安静にしとかないと」
「……いや、俺的には約得だからいいんだけどさ」
「ふふ、冗談言えるくらいには回復したんだね」
冗談じゃないんだけどな。
しかし、そうか。
俺は他校の生徒二人にボコられて最終的に気を失ったのか。どんだけカッコ悪いんだよ。
笹倉も無事そうだし、あの後何とか解決の方向に進んではくれたようだけど。
「えっと」
「あの後ね、須藤くんが場を収めてくれたの。大事にはしたくなかったみたいだけど、さすがにそうもいかないから、須藤くんは二人を連れてあっちの学校に行ったみたい」
「よくあの二人が大人しくついて行ったな」
「須藤くんが友達連れてきたから」
「ああ、数ね」
あの須藤が呼びかければそりゃ大勢の男子が集まるか。
「ていうか、何でそんな用意周到なの」
確かに須藤も探しに行ってたけど、普通に迷子って線もないことはなかっただろう。
そんな多勢を引き連れてくるとか、まるで喧嘩していたことを知ってたみたいじゃないか。
「わたしがメッセージを送ったから」
「ああね」
だからあんな最高のタイミングで駆けつけたのか。あんなタイミングで来られてら俺でも惚れるわ。ただどうせならもうちょい早く来てほしかったけど。
「それで今は?」
「バーベキューも終わって自由時間。みんなは川に遊びに行ったりしてるよ」
「お前は行かなかったのか?」
俺が尋ねると笹倉はおかしそうに笑う。
「もう、わかってるくせに」
そうだよな。
あの場でさえ俺を見捨てて逃げ出してくれなかったんだ、倒れている俺を放って遊びにはいかないよな。
「悪かったな」
「ん?」
俺が短く謝ると、何のことかと本気で思ってるような顔をこちらに向けてくる。
「いや、ちゃんと助けられなくて。とりあえず出てったけど何もできなくてカッコ悪くてさ」
俺にもっと力があればあんなに不安にさせずに済んだのに。
そう思っていると、笹倉はかぶりを振った。
「そんなことないよ。すっごくカッコよかった。今までも大好きだったけど、もっともっと好きになっちゃった」
「……なんでだよ」
「筒井くんが手を出すつもりなかったの分かってたよ。ほんとはわたしがあの場を離れれば良かったんだよね?」
「分かってたんかい」
「なんとなーくだけど」
「じゃあ何で逃げなかったんだよ」
逃げてくれれば俺もあそこまで殴られることはなかったかもしれないのに。
いや、逃げ切れずにしっかり殴られてただろうけどさ。
「だって、わたしの見てないところで筒井くんが何かされるって思うと怖くて……ごめんね、わたしのせいで」
「まあ、いいけどさ」
「わたしだけでも助けようって思ってくれてたこと、伝わってきた。わたしのためにあそこまでしてくれる男の子を好きにならない女の子はいないよ。だって、ほんとに、すごくカッコよかったから」
笹倉はにこりと笑う。
「正義のヒーローみたいだった」
正義のヒーロー、か。
もし本当にそう思ってくれたのならば、報われるってもんだな。
何も守れないヒーローにもなれないだろうと思っていたけど、守れたものはあったんだと、そう思えればこの痛みも悪くな……いややっぱり悪いは悪い。
「それにしても、まさかあのヤンキー二人に啖呵切るとは思わなかったぞ。あの時はさすがに焦った」
あんなこと言えば、頭に血が上っている相手ならば手を出してくる可能性も考えれただろうに。
実際に出してきたし。
「好きな人が目の前で悪く言われてるのに、黙ってられなかったの」
「……」
そう言われると何も言えない。
この前のショッピングモールでもそうだけど、ずいぶん助けられたな。
「でも、そのせいで筒井くんが殴られちゃったんだけど」
「笹倉が無事だったなら、まあいいよ。殴られ損にはならなかったみたいだし」
「ばか言わないの」
言いながら、俺の頬を指でなぞる。殴られた部分でアザになっているので痛みが走り体がビクッと反応する。
「痛くない?」
「痛えよ」
「いっぱい、いっぱい殴られて……それでも何度も立ち上がって。ごめんね、わたしのせいで」
ふと、何を思ったのか笹倉は涙を流し始めた。今までも我慢していたのか、一度流れてしまうと、涙はもう止まることはなかった。
ポタポタと滴が垂れてくる。
「泣くなよ」
何て声をかければいいのだろうか。
こんなときに女の子を元気づける一言なんて思いつきはしない。そんなの言えればもっとモテてただろうさ。
「ごめん、なさい……」
まあ、モテなくてもいいんだけど。
だからこそ、俺は笹倉に出会ったのだから。
今の俺だからこそ、彼女は俺を好いてくれた。何か一つ違えば、俺達はすれ違っていたかもしれないのだ。
たった一人、俺のことを好きな子がいてくれれば、それでいい。
「笑っててくれよ、俺は……笹倉の笑った顔が好きなんだよ」
彼女の頬に手を伸ばす。
頬を伝う涙を指で拭うと、笹倉は驚いたように目を見開く。
「今、なんて……」
「……何度も言うことじゃないだろ」
「だ、ダメだよ! もっかい言って!」
すっかり涙を止めた笹倉が、今度は俺の顔をがっしり持って顔を近づけてくる。
もう、あと少し近づければ唇が重なるだろうというような至近距離。そんな近さで見つめられると、目を逸らせない。
「……えっと」
「ん?」
絶対聞こえてたよなあ。
あえて言わせようとしてるんだから本当に質が悪い。
「だから、その……」
心臓が高鳴る。
手が震える。
唇が乾く。
視界がちかちかする。
ああ、これが緊張か。
「好き、なんだ。考えて、考えて考えて、それでも分からなくて、でもようやく気づいた。最初から気持ちは変わってなかった。お前が俺に気持ちを伝えてくれたあの日から、ずっと好きだった。ただ、認めるのが怖かっただけだったんだ」
まっすぐに笹倉の目を見て、俺は気持ちを伝えた。
その通りだった。
最初から好きだった。好きだったからこそ、それを受け入れるのが怖かったんだ。裏切られるのを恐れたから。
だからその気持ちに蓋をして、気づいていないフリをして、彼女の優しさに甘えた。
でも、いつまでも待たせていては可哀想だ。いつまでも逃げていてはいけないんだ。
だから、答えを出した。
答えはシンプルなものだった。
裏切られるのが怖くないわけじゃない。騙されるのが嫌なわけじゃない。
ただ。
疑って彼女を傷つけるくらいならば、信じて騙された方がずっといい。
それが、俺の答えだ。
「ありがとう。気持ちを伝えてくれて。わたしを、好きになってくれて」
最後に見たのは、優しく微笑む彼女の笑顔だった。
そう思った次の瞬間、俺の唇に柔らかい感触が重なった。
「…………」
あまりの衝撃に言葉を失い、思考回路は止まり、金縛りにあったかのように体が動かなかった。
「大好きだよ、優くん」
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