第30話 格好悪いヒーロー



 追い詰められれば秘められた力を解放して敵を倒す。

 誰かのピンチに駆けつけて颯爽と助けていく。

 涙を流し悲しむ人々に笑顔を届ける。

 どれもこれも、俺が夢見たヒーローの在り方だった。

 子供の頃に憧れたヒーロー、俺もそうなれるとあの時は信じていた。けれど、現実はそうではなかった。

 俺はヒーローにはなれなかった。


「……はぁ、はァ」


 何発殴られただろうか。

 それすらももう覚えていない。どれだけ殴られようとも、俺は意地と根性で立ち上がった。

 ここで倒れれば、あっちで見ている笹倉に意識がいってしまうから。

 俺は彼女の様子をちらと伺う。

 俺のあまりの悲惨さに声も出せずにただただ顔を青ざめさせている。そんなことしてるならさっさとこの場から逃げてほしかったんだけど。これだけ経って逃げないってことは、もう脳内にそんな考えがないのだろう。

 伝えようにも、もう俺も声が出せない。


「ハッ、弱いクセにカッコつけやがって。陰キャが調子乗るからそうなるんだよ」


「女子一人助けられずにボコボコにされて、悔しくないのか? 悔しいなら一発くらい殴ってみろっての。まあ殴ってきてもカウンター喰らわすけどな」


 ギャハハ、と下品な笑いを見せながら俺を精一杯バカにする。別にいいんだよ、何言われても。事実だしな。

 もっと喧嘩が強ければ、こんなことにはならなかったのかな。ヒロインのピンチに駆けつけて格好良く守れるヒーローになれたのかな。

 考えても無駄だな。

 そんな未来は存在しないのだから。


「一丁前に睨んできてるぜ」


「まだ殴られ足りねえのかね。どうせ大したこともできないんだから、大人しく気失ったフリでもしてればいいのに。ダセェ」


「ダッセエな」


 笑いたきゃ笑えよ。

 言われ慣れすぎて、その程度の口撃はノーダメージだぜ。口喧嘩なら勝てるのになって思うところがもうダメだよなあ。


「そんなことない!」


 その時響いた声に驚いたのは、その場にいた彼女以外の全員だ。

 さっきまで言葉を失っていた笹倉が突然口を開いた。その表情には恐怖が満ち満ちているというのに、瞳の奥には確かな怒りがあった。

 やめろ。

 ここでお前が出てきたら、何の意味もないじゃないか。


「あ? なに?」


「筒井くんはカッコ悪くなんてない! カッコ悪いのはあなた達だよ。自分の思い通りにいかなかったら何でもかんでも暴力に走る。悪いことがカッコ良いと思ってる。全部全部カッコ悪い!」


 やめろ。

 やめろ。

 やめろ。


「嫌がってることくらい察してよ! 自分のことばっか考えて、相手の気持ちなんて何も気にしてない。そんなのカッコ悪い! ダサい!」


 やめろ。

 やめろ。

 やめろ。

 やめろ。

 やめろ。


「わたしのことを気にしてくれて、いつも優しくて、たまに変なこと言うけど、隣で笑ってくれて……喧嘩が弱くても、あなた達よりもずっとカッコいいよ!」


 笹倉に散々言われたことで、金髪の方が頭にきているような顔をしている。

 マズイぞ。

 意識が笹倉に向くだけじゃない。あの顔だと下手したら手を出しかねない。

 動け、俺の体。

 動けよ。

 今動かないで、何を守れんだよ。


「この、ちょっと可愛いからって調子乗ってンじゃねえぞ! 痛い目見ねえと分かんねえのか!」


 金髪が拳を振り上げる。

 笹倉は思わず目を瞑る。どれだけ怖くても敵を相手にしているときに絶対にしてはいけないことだろう。

 怖いのなら、逃げてくれれば良かったのに。

 いや、分かってるよ。

 逃げるわけないよな。

 お前は誰よりも優しくて、いつでも笑っていて、こんな俺を受け入れてくれて、何度でも俺と向き合ってくれる。

 そうだ。

 俺は――。


「きゃっ」


 笹倉の小さな悲鳴が漏れる。

 振るわれた金髪の拳は、笹倉を捉えることはなかった。

 その間に、俺が割り込んだからだ。

 超痛え。


「これだから、脳筋は困るよ。平気で女に手を挙げる。しかも、これ女子に向ける威力じゃ、ねえぞ……」


 金髪の拳は俺の額に当たった。

 たまたまだったが、硬い額に当たったことで少なからず相手にもダメージはあったようで、金髪は右手をさすりながら数歩下がる。


「テメェ……」


「同じ男として、恥ずかしい」


 俺の一言に金髪の表情がさらに歪む。

 さっき以上にキレてしまうともう見境なくなるかもしれない。いよいよこれは救急車を呼んでもらわなければならなくなりそう。

 さすがにこれ以上は辛い。


「そこまでだッ!」


 俺が半殺しの覚悟を決めたその時。

 聞き覚えのある声が響いた。

 金髪も、坊主もそちらを見る。

 確認するまでもないけど、俺も声の主の方へ視線を向ける。


「遅えよ、ヒーロー……」


 須藤瞬の到着により、この一件は決着した。いろんなものを犠牲にして、俺はたった一つだけだけど、何より守りたかったものを守ることができたようだ。



 安心したその瞬間、俺の視界は真っ暗になった。

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