第28話 恋バナ



 バーベキューはつつがなく終わった。

 そういう言い方をすると淡白に聞こえ、まるで俺がこのイベントを楽しめなかったように思われるかもしれないが、結論から言うと今回のバーベキューは至極満足のいくイベントとなった。

 友達のいなかった俺はイベントをどうしても楽しむことができなかったが、今回は話の合う羽島や毒のないバランサーの須藤、そして何より終始俺を気にかけてくれた笹倉のおかげで楽しかった。

 そう思えた。

 なので。


「片付けはロクに活躍しなかった俺がさせてもらいますよ?」


「そう言うなよ。男同士、こうして並んで皿洗いというのも悪くないだろ?」


 いや悪いわ。

 口にはしないがそれなりに感謝の意を込めて後片付けはやると申し出たのだが、そこはさすが空気の読める男須藤はただ放置という形では終わらない。

 寂しく一人後片付けをするクラスメイトに寄り添う心優しいイケメンの構図の完成です。

 笹倉は俺と同じ気持ちだった羽島のことを手伝っているので、結局全員で片付けをしている。


「なあ筒井」


「なに?」


 いやに重苦しい感じで名前を呼んでくる須藤に、俺は視線をやる。須藤は食器の方を見たまま言葉を続けた。


「君は笹倉のこと、どう思ってる?」


「は? なに急に……」


 予想外な発言に、俺は間抜けな声を出してしまう。俺がじっと見ていると、須藤は一瞬だけちらとこちらを見たあと、再び食器に視線を落とす。


「別に。ただの恋バナだよ」


「お前と恋バナって、変だろ」


「だな。でも、こういうときだからこそ話せることもあるだろ。楽しくて心がオープンになって、普段は話せないようなことも話せてしまう。修学旅行の夜とかさ」


「修学旅行の夜に恋バナってあれ都市伝説じゃないの?」


「……どんな青春を送ってきたんだ」


 笹倉のことをどう思ってるかだと?

 そんなこと……。


「で、どうなんだ?」


 逃げれる感じもせず言わずして終われない雰囲気に、俺は諦めたように溜め息をついた。


「いい奴なんじゃないか? クラスの男子からは人気が高くて、そういう女子は同性からは嫌われるところだけどあいつはそうじゃない。誰にでも分け隔てなく接するあいつは、誰からも好かれる人気者。そんな笹倉をいい奴と言わずに、何て言えばいいんだ」


「違うよ。そういう客観的評価を聞いてるんじゃない。お前が、彼女を、どう思っているかを聞いてるんだ」


 須藤の声はよりいっそう低くなる。

 そこに須藤の真剣さというか真面目さというか、誤魔化せない空気を感じ、返事に困る。

 俺が言い淀んでいると、須藤が小さく溜め息のようなものを吐く。


「回りくどいのはやめて、単刀直入に聞くとするよ。君は笹倉のこと、好きなのか?」


「……なんだよ、それ」


 俺が笹倉を好きかどうかだと?

 そんなもん、今さら考えるまでもない。何せ、今まで散々考えてきたことなんだから。


「なんでそんなこと聞くんだよ?」


「別に? ただの好奇心だよ」


 視線は落としながら、須藤は淡々と吐き捨てる。


「嘘だな」


「なに?」


「ただの好奇心程度で俺にそんなこと聞いてくるのはおかしいだろ。突然の恋バナもおかしいけど、するならば好きな人の名前を聞いたりするはずだ。笹倉を名指しして聞いてくるなんて違和感バリバリだぞ」


「……案外鋭いんだな」


 フッと、須藤は小さく笑う。

 俺が気になったのは、どうして恋バナをしてきたのかではない。なぜそこに笹倉が出てきたのか、だ。

 まあ、おおよそ予想はつくけどさ。


「もう一回聞くけど、なんでそんなこと聞いてくるんだ?」


「好きなんだ」


「は?」


 須藤の端的な言葉に、俺は思わず須藤の顔を見る。

 俺の聞き間違いか? いや、あんなこと聞き間違えるはずないだろ。


「だから、好きなんだよ。笹倉のことが」


 須藤が放った一言があまりにも突然過ぎて俺は思わず固まってしまう。このとき衝撃のあまり食器を落とさなかったのは中々にファインプレーだったと自画自賛してやりたい。

 しかし、なんだって?

 須藤が、笹倉のことを好き?

 須藤といえば誰からも好かれるイケメン野郎で、根が腐りきっている俺でさえ、ああこいつはいいやつなんだろうなと思ってしまうほどだ。

 女子の人気一位が笹倉であるならば男子の人気一位は間違いなく須藤で、そんな二人が付きあったとなれば誰もが納得せざるを得ないくらいにお似合いで。

 そう囁かれていたのは、その実そういった未来を誰もが現実的でないと思っていたから。

 二人の仲は悪くない。けれどめちゃくちゃいいというわけではないのだ。教室の中で話しているところを見かけることはあっても、常に一緒にいるわけではない。

 そうならない距離感だと思っていたそれは、そうなり得る距離感だったということか。


「へ、へえ……それで、何で俺にそんなこと聞くわけ?」


 好きになるのは勝手だと思う。

 最終結論、笹倉木乃香は間違いなく良い人だと思うし、そんな彼女に心惹かれるのは至極自然なことだ。

 だとして。

 それを俺に言ってくる理由は見当たらない。


「笹倉が言ってたからさ。筒井のことが好きだってな」


「は」


 今度は思わず食器を落とした。プラスチックだったのが幸いだ。


「お前、告白したのか?」


「んー、いや、まあ正式な告白はしていない。何となく好意を伝えて、それとなく相手の様子を伺っていた。その中で好きな人の話をしただけだ」


「……」


「心配しないでも、そのときにいたのは俺だけだから、この話が知れ渡っていることはないよ」


「そ、そっすか」


 人間、誰もがそこまで鈍くはない。

 漫画の中では鈍感系主人公だとかがいるけれど、あんなこと現実ではあり得ない。

 相手の好意に気づき、そんなわけないと気づいていないフリをしているだけだ。確信がないから失敗を恐れ、確かな証拠を得るのを待つ。

 そして、笹倉は須藤の好意に気づいた。

 だから、心の中の全てを話したのだと思う。

 彼女は優しい。そして正しい。まっすぐ故に失敗することもあるが、彼女の選択は間違っていなかった。だから、まっすぐな気持ちにはまっすぐな気持ちで応えたのだ。

 告白されれば振るしかない。そうすれば微妙な空気になってしまう。だから、その未来を防ぐために心中を吐露したのだろう。


「それで、君の気持ちはどうなのか、と思ってね」


「はあ」


「もし、笹倉と付き合う気がないのならばハッキリと振ってあげてほしい。でないと彼女も次へと進めないから」


「俺は……」


 俺は。

 ずっと考えていた。

 答えを出さなければと思っていた。

 向き合うといつかの記憶が蘇り、ついつい背を向け後回しにしてしまう。

 それが間違いだと分かっていても、抗うことができない。それ自体を俺が望んでいるから。

 結局、言い訳が欲しいだけだった。後回しにする、考えなくていいような理由が。

 でも、それもそろそろ限界なのだろう。


「あ、あの!」


 その時だ。

 俺達とは別の場所で片付けをしていた羽島がえらく焦った形相でこちらに駆け寄ってきた。

 羽島は確か、笹倉と一緒に作業をしていたはずだよな。


「どうかしたのか?」


 それにいち早く気づき、須藤が尋ねる。

 何もなければ、あんな顔にはならないからな。


「笹倉さんが帰ってこないんです!」







「ん?」

「は?」


 羽島のあまりにも突拍子もない言葉に、俺と須藤は声をハモらせてしまった。

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