第27話 バーベキュー



 下ごしらえといっても大したことはしない。

 野菜を切るとか、肉を串に刺すとかその程度なのでもはや料理経験云々の問題ではなかったと思う。

 どちらかというと火を起こす方が大変だ。これこそ経験がものを言うので俺は役に立たず、火起こしスキルのある須藤がサポーター羽島を連れて臨む。


「ご飯炊いた方がいいかな?」


「あるなら炊きたいな。焼きたい」


「焼きおにぎり、美味しいよね」


 うふふ、と笹倉は思い浮かべているのか幸せそうな顔をした。それなりにスタイルはいいが、それでも細い方なのであまり思わないが、彼女は意外と食い意地が張っている。

 特に、甘いものには目がない。

 いつものお昼のお弁当も女子が食うサイズよりは大きく、あの栄養はどこへ消えているのかと常々思う。

 その度、俺の視線は笹倉の胸元へと向かってしまうのだとさ。めでたしめでたし。


「バーベキュー楽しいね」


「まだ野菜切って肉の用意しただけなんだけど……楽しい要素あった?」


「雰囲気が楽しいんだよ。みんなで楽しくご飯を食べる、それはすごく幸せなことだと思わない?」


「そりゃまあ思うけど」


「世の中には、そんな誰もが当たり前だと思っているような幸せを感じれない人もいるわけだしね」


「なにそれ、遠回しに俺ディスられてるの?」


 確かに俺はいつも校内の昼飯は一人で食べてますからね。そういう幸せ感じれないタイプの人だからね。


「や、ちがうちがう! そういうことじゃなくて!」


「冗談だよ」


 笹倉の慌てふためく様子がおかしくて、俺はふふっと笑う。それを見た笹倉はむうっと頬を膨らませた。


「まったく! もうっ! ほんとにまったくもうだよ!」


 急に語彙力を失った笹倉はぽかぽかと俺の肩辺りを叩いてくる。痛みを与えない、仲のいいもの同士がやるじゃれ合いに俺はこそばゆさを覚えた。


「悪かったよ」


「謝っても許したげない」


「いつものパターンじゃない……だと……?」


 いつもなら、こんなこと許すのは世界でもわたしくらいだよ! とか言ってくるのに。新しいパターンだ。


「わたしのお願い事を一つ、聞いてくれるなら許してあげます」


「なにそれ、俺神龍かなにかなの?」


 何でも一つ願い事を叶える力など残念ながら持ち合わせていないのだけれど。その分、玉を七つ集める手間が省かれている。


「その願いとは?」


「んー、なんだろね」


「ないんかい」


「なんかいざ言われると何がいいのかなって」


「言ってないけどな。そっちが言い出して悩んでるだけだからね」


「たしかにね」


 言って、笹倉は小さく笑う。


「まあ、いつかどこかで、困ることがあったらそのときにお願いするよ」


「有効期限って言葉知らないのかね」


「無期限だよ」


「俺に決定権ないのか!」


 なんて、どうでもいい話をしながら準備を進める。おおよその準備が終われば、いよいよ肉を焼き始めるのだが、火起こしの調子はどうだろうかと須藤羽島ペアの様子を伺う。


「うおぅあ!?」


「羽島さんやり過ぎだ!」


 絶好調とは、言えなさそうだった。

 とはいえ、須藤もいるし直に完成するだろう。

 肉と野菜の準備は終わり、火起こしは任せているので手持ち無沙汰となった俺は米を研ぐ笹倉のもとへと戻る。


「手伝うことある?」


「んーん、大丈夫。筒井くんは座ってていいよ」


 と言われましても、皆がせかせかと働いている中で一人のんきに座るのは気が引ける。同調圧力とは違うが、勝手に周りからプレッシャーを感じるいわばセルフ同調圧力というやつだ。ちなみにそんな言葉はない。

 暇だし、トイレにでも行くかと思いその場を離れる。


「……願い事、か」


 何となく、さっきの笹倉との会話を思い出す。

 咄嗟に言われると確かに何を言おうか悩むものだが、だとすれば考える時間があれば笹倉は何を願ったのか。

 あるいは俺は何を願う?

 高校一年に戻って、最悪とも言えた学生生活をやり直すか? いや、それなら中学時代に戻り、あの告白をしない道を選ぶか。あの告白さえなければ俺はもう少し素直でいられただろう。

 人の裏側、黒い部分を知らないままだった俺は、純粋に人の言うことを受け入れ、それを信じ、疑うことなどしなかった。

 だとすれば、あの日の笹倉の告白に対して、浮かれ気分でオーケーしていただろう。

 だって、クラスでもトップクラスに可愛く、彼女にしたい女子として噂されるほどに人気の女の子だ。そんな彼女がもしも彼女にでもなれば、喜びと嬉しさと優越感で毎日がハッピーデイとなること間違いなしだ。

 それがわかっていて、彼女の告白に二つ返事でオーケーしなかったのは、俺の中に疑念が浮かんだから。

 今はどうだろう?

 彼女と関わり、彼女のことを知り、俺の中にあった疑念は今なお存在するのか?

 俺は今でも、笹倉木乃香を悪い女だと思っているのか?

 その答えは既に俺の中にある。

 あとはたった一歩踏み出すだけ。そのための勇気を振り絞るだけだ。

 どれだけ願おうと過去は変わらないし変えられない。

 変えられるのは常に未来だけだ。

 頑張って一歩踏み出せば、いろんなことに変化が起こる。

 その一歩が大変なのだが。


「……ふう」


 過去にあった辛い思い出は決して消えない。だから俺達は未来に希望を抱き、前を向く。

 楽しい毎日を過ごすために、今俺がするべきことはたった一つ。

 この物語に、決着をつけることだけだ。

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