第25話 バス
電車に揺られること数十分。いつも学校に行く時間、学校に行く手段、それを私服で過ごすというのはやはり違和感がある。
周りにはちらほらと大幕生であろう人達が増えてきたが、それこそイベントのテンションなのかこちらには多少の興味も寄せてこない。
俺みたいな奴が笹倉のような人気者と一緒にいると周りからよくない視線を向けられると思っていたけど、もしかしたらそこまで興味はないのかもしれないな。
全て俺の自意識過剰だったのかもしれない。
電車が学校の最寄り駅に到着する。そこで降りるのはだいたいが大幕生だ。
「みんな制服じゃないの、なんか不思議だね」
「全然慣れねえよ」
いつもの坂を上ると学校が見えてくる。この坂のせいで登校時点で結構な運動になってしまうのが、この学校の難点だと思う。
そんなことを思いながら学校に到着すると、数台のバスが停まっていた。
「バスがある」
「わたし達がこれから乗るやつだよね」
「そうなのか?」
「三年生は遠足だから現地集合らしいし、一年生は校内オリエンテーションでしょ? 去年わたし達も乗ってないし」
「確かにな」
バスはバスであんまりいい思い出ないんだよな。ていうか、ぼっちは基本的に何に対してもいい思い出なさすぎませんか?
バスは校門に入ってすぐのところに停車しており、俺達はそれをさらに進んだグラウンドに集合するように言われている。
俺と笹倉はグラウンドに向かい、果てしない生徒数の中から自分達の班メンバーを探さなければならない。
「須藤はすぐ見つかるだろうけど、問題は羽島の方かな」
「なんで?」
「須藤はリア充だから、どうせその辺で友達と駄弁ってるだろ。それと違って羽島はどこか隅の方で細々と俺達の到着を待っている可能性が高い」
「須藤くんと一緒にいるかもよ?」
「いや、友達といる須藤に声をかけるなんてこと、羽島にはできないだろう。その気持ち痛いほど分かるからな」
「そういうものなの?」
笹倉は想像できないご様子。リア充には非リア充の気持ちは理解できないのだ。それはライオンがうさぎの思考を理解できないのと同様、もはや生きている世界が違うのだ。その上、リア充共は我々非リア充の思考を理解しようと思っていない。理解しようとしている感じを装っているだけで、その実こちらには何の興味も示していない。結果、我々はアンチになる。
「あ、須藤くんいた」
「やっぱりな」
予想通り、須藤はいつものメンバーと楽しそうに雑談している。問題は羽島だが、彼女の思考から考えればやはり端っこの方にいるのではなかろうかと思うのだが。
「あ、いた」
「やっぱり端っこにいたか」
「筒井くんは物知りだね」
「この程度でそんなこと言われると恥ずかしいな。謙遜とかじゃなくて」
「とりあえず羽島さんと合流しよっか」
グラウンドの隅にいる羽島を救出しに向かうと、俺達に気づいた羽島は御主人様を見つけたわんこのようにこちらに駆け寄ってきた。
「遅いです筒井君!」
「そんな怒られる?」
「私が一人寂しくいることを想定して早めに来るべきでした!」
羽島愛奈ももちろん私服だ。
彼女は彼女でオタクである。とびっきりオシャレな服装を持ってはいないだろうと踏んでいたが、俺とは違ってそれなりのものを用意していた。
黒のキュロットスカート、上はグレーのロングカッターシャツ。ベレー帽のようなものを被っており、トータルで見れば中々にオシャレな感じがする。
須藤との合流は笹倉に任せて、俺と羽島は後ろをゆっくりとついて行く。
「俺は昨日時点で着てくる服がないと慌てていたんだけど、羽島はそんなことなかった感じなんだな」
「いえいえ、私だって苦労しましたよ。ただどうしようもないので必殺のセット購入です」
「さすがだぜ。よく似合ってるから、正直驚いた」
「そんな照れるじゃないですかあ!」
バシッと俺の背中を叩く羽島はご機嫌な様子だ。服装を褒めるというのは確かに効果的なようだ。
なんてことを話していると少し前を歩く笹倉がめっちゃこちらを睨んでいた。どうしてそんなに怒っているんだ?
「そういえば、バスの座席は班毎の自由席らしいですよ」
「そうなのか。ある程度指定されてて助かったな」
「ほんとそれです。自由に座っていいという言葉ほど辛辣なものはありません。一見生徒の為にしていると思えますが、私達ぼっちからすれば死刑宣告のような発言ですよ」
「ほんまそれな」
須藤と合流した後、集合時間になった。最初に先生の長めの話を聞いてからクラス毎にバスに移動する。
俺達の班は四人。前後の二人席が確保されている。普通に考えれば男同士女同士で座るような気もするが、須藤と二人はちょっと気まずいな。
「席はどうしようか。羽島さんは……筒井と一緒の方がいいのかな?」
「うぇ!?」
須藤に聞かれて羽島は動揺の極みのような声を上げる。
「いいいいいえ、私は誰の隣でも全然全くモウマンタイですけど」
「でも、筒井とは仲いいじゃないか。せっかくのバーベキューなんだから、楽しく過ごしたくはないか?」
「えええええと、まあ、どうなんでしょね」
横で見ていて、というか見なくても分かるくらいに羽島の目は泳いでいる。それくらい声に動揺が表れている。
そして俺は理解した。
最初は須藤の言葉に対して動揺しているのだと思っていた。けど違う。羽島の視線は、泳いでいる最中であろうと、確かに須藤の後ろにいる笹倉を捉えていた。
笹倉の、鋭い目を。
「そういうわけだけど、どうだ筒井」
「まあ、別にいいんじゃないか」
「いいんですか!? いやでもそれだと私が笹倉さんに……」
「さすがにそこまでしてこないよ」
どんだけ怖がってんだよ。やっぱり何かされたのか? そんなことするようには見えないが、やはり笹倉にも裏側があるのかもしれないな。
「でも、筒井君はいいんですか?」
「嫌がる理由はないでしょ」
ぶっちゃけ須藤と隣になるくらいなら羽島の方が何万倍もマシだ。マシ、というか何なら羽島がいい。
笹倉と隣になると、やっぱり周りの目が気になってしまうしな。それが俺の自意識過剰であったとしても、そう簡単に割り切れはしない。
「それじゃあ、決まりだな。羽島さんは筒井と。笹倉は俺とってことで」
「……むう」
納得いかない様子のまま、笹倉はバスに乗り込んでいく。笹倉須藤ペアが後ろ、俺と羽島のペアが前の席に座る。
須藤らのすぐ後ろがいつものグループだったらしく、結果的には笹倉も含めて楽しそうに過ごしていた。
俺と羽島もゲームの話で盛り上がり、それなりに楽しい時間を過ごしたのだった。
ただ。
時折、羽島が後ろからの視線に怯える様子が見受けられたのは、見なかったことにしておく。
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