第四章
第24話 ポニテ最強
春の暖かさに慣れた頃には夏の暑さが顔を覗かせる。
バーベキュー当日、昨晩妹に選んでもらった服を着て家を出るとまあ暑い。
でもこのセット服を自分でアレンジする度胸もないので腕を捲くってそのまま行くことにする。
通学路を私服で歩くというのが何とも新鮮で不思議な気持ちになる。これから学校だというのに制服を着ていないということに何とも言えない背徳感のようなものを覚える。
「おはよ」
荷物などもあるので今日は気持ち早めに家を出た。
特に待ち合わせはしていないが、駅前には何食わぬ顔で挨拶をしてくる笹倉木乃香がいた。
「……おは、よう」
「いい天気だねー。服装どうしようか悩んじゃった」
「今日は特に暑いもんな……」
なんでいるの? とかはもう聞く気にもならなかった。何を言ってもすっとぼけたことを言って誤魔化されるだけだろうから。
いつもは長い髪を流れに任せて揺らしている笹倉だったが、今日は私服だからかそれともイベントだからか、二つ括りのアレンジを加えている。普段と違う髪型になるだけで印象は変わる。二つ括りにしても、上の方で括ると少し幼い印象になるが、ローポジションで纏めているため大人びた雰囲気となっている(俺調べ)。
上は紺のダボッとしたセーターのようなロングシャツに、下は体のラインが浮き出るような黒のスキニーパンツにスニーカー。バーベキューということもあって動きやすい格好にしてきたのかもしれない。
「じー」
「なに?」
こちらをじっと見てくるので何かと思い聞いてみるが、笹倉は首を横に振って何でもないと笑う。
「筒井くんの私服初めて見るなと思って。そういう服着るんだね。似合うね!」
段々と声に力が入り、最後にはもう声を荒げているとさえ思えるくらいに気合いの入ったセリフだった。
「あ、ありがとう?」
妹に選んでもらったというのは伏せておこう。言わなくていいことだって世の中にはある。この年になって妹に服選んでもらっているとか言ったらシスコンと思われる恐れがある。言っておくが、俺は決してシスコンなわけではない。断じてないのだ。
「じじー」
「な、なに?」
再び俺の方を見てくる笹倉。今度は見つめてくるというよりはもはや睨んできていると言った方が正しいくらいに目に迫力がある。
いやこれもう睨んでますね。俺何かしましたかね?
「じじじー」
「そんな見られても……何かした?」
俺がそう言うと、笹倉は諦めたようにはあっと大きな溜め息をついて見せた。俺に見せつけるように大きなモーションで見せたあと、ぷくっと頬を膨らませながらこちらを睨む。
「せっかくオシャレしてきたのに、筒井くんはわたしの服についてノーコメントなのかなと思って!」
「あ、いや」
そういうことか。
確かに漫画とかでも服装褒めないと怒るヒロインいるけどあれってリアルでもそうなの? なんでそこはちょっと現実に寄せたの? 漫画なんて所詮はフィクションであり実在する団体、あるいは常識とは一切関係ないんじゃないの?
「ごめん。そこまで気が回らなくて」
「ま、別にいいけどね! さっきのような重罪を笑顔で許してくれるのは世界中探してもわたしくらいだと思うけど!」
「あざます」
服装にコメントしないのは重罪なの? あと言うならせめて笑顔で許してよ、顔が全然笑顔じゃないよ。
「それで?」
「ん?」
「まだノーコメントなのかな?」
「あ、いや、すごく似合ってると思います。心の中ではべた褒めでした」
「そういうのは口に出した方が喜ばれるパターンもあるから覚えておいてね」
「うす」
俺の返事を聞いて、笹倉はようやくいつもの笑顔を取り戻してくれた。それを見てようやく安堵した俺は、笹倉と並んで改札へ向かう。
「髪もね、普段はあんまりしないんだけど括ってみたんだ」
「いつもと印象変わっていいと思うよ」
俺が言うと、笹倉はにへらと表情を歪ませながら笑う。可愛い。
「筒井くんは女の子の好きな髪型ある?」
「ポニテ」
「ポニーテール?」
「そう。ポニテは人類史上最強の髪型だ。あれするだけで何割増も可愛く見えるからな。誰が一番始めにしたのかは謎だけど、あれを試してみた過去の人は偉大な発見をしたと思う。あそこまで完璧な上はそうそうない」
「べた褒めだね」
「本音だからな」
「ツインテールはお嫌い?」
「高い位置でのツインテはちょっと幼い感じするけど、そのタイプのツインテは逆にありだろ。大人びた雰囲気出るし、いつもとのギャップもある」
「そ、そかそか。それは良かった」
照れ隠しに俯きながらも、嬉しさを隠しきれていない笹倉を、俺は横目で見る。
「ちなみにツインテとポニテならどっちが」
「ポニテ」
「それは即答なのか!」
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