第23話 筒井唯のファッション講座
風呂も入り、残すところあと寝るだけとなった夜のこと。
俺は布団にボフっと倒れてぼーっとする。
明日はバーベキューである。
『着ていく服がなくて慌てて買いに行きました』
夕方頃に届いていた羽島からのメッセージを眺める。
そうか。
明日は制服じゃないんだ。課外活動だから私服ってのがよく分かんないよな、何なら校外に出るんだから尚制服であるべきだろ。
その報告を受けたとき、そんなことを言っていたのを思い出した。
思い出した、ということはつまり、そう、すっかり忘れていたのだ。
「……どうしよう」
おしゃれな服なんて持ち合わせていないぞ。今どきのファッションなんて知らんし。そんな雑誌買うならジャンプ買うわっていうタイプの人間なので流行には疎いのです。
つまり、非常に困っているのです。
今から買い物にも行けないし、せめて夕方に気づいていればあの場で笹倉に見繕ってもらうという選択肢があったというのに。
どうして俺は忘れていたんだ!
「……なにしてんの?」
どうしようもなく布団の上で暴れているとドアの方から冷ややかな声が聞こえてきた。その声を聞いて、俺はピタリと動きを止めて、そちらを見る。
「何か用か?」
「いや、別に用はないけど。通りかかったら暴れてるから何事かと。せめてドア閉めといてよ」
「忘れてた」
筒井唯。
つまるところ俺の妹である。現在中学三年生のバリバリ受験生。俺とは似ておらず明るく社交的なため周りには自然と人が集まっている、が、残念ながら内弁慶である。外面はいいが中身は結構普通にどこにでもいる生意気なやつだ。
「なに暴れてたの?」
長い黒髪にややつり上がった猫目、中学三年生にしては発達した女の子としての部分はクラスでも話題になっていることだろう。なんで妹は容姿いいのに俺はダメだったのか。
その答えはシンプルだ。
俺が毒素全てを受け入れ、それ以外を妹へ流したからなのだ。もっと感謝してほしいもんだぜ。
「実はな――」
どうにもならんけどとりあえず話す。もしかしたら何かいい案を出してくれるかもしれない。
外面がいいので、当然周りの目には敏感だ。なので流行にも詳しいだろうと踏んでいる。
「つまり明日来ていくオシャレな服なんて持ってないんだよ」
「……」
俺が話し終えると、唯ははえーとでも言いたげに無関心そうな顔をしていた。自分から聞いておいてそのリアクションする?
「あのねお兄。ファッションっていうのはただオシャレな服を着ればいいってわけじゃないの。似合う似合わないというのがあるんだから」
「はあ」
「お兄がファッション雑誌の服着てもそれはそれでダサいよ」
「マジかよ」
「かといって、女の子がプリントされたシャツ着ていくのも論外だけど」
「そんなつもりはさらさらなかったけど」
「ていうか、お兄が服装について悩んでいることが驚きだよ。どういう風の吹き回しなの?」
「いや、学校のイベントなんだし、最低限の身だしなみを整えようとしているだけだが?」
「あ、そ。まあどうでもいいけど。また中学のときみたいにハブられるのも可哀想だから見繕ってあげる」
「お兄ちゃんの悲しい過去を妹がえぐり返すんじゃありません」
「持ち服見せて」
「よろしゃす」
「妹に服選ばせる兄貴もどうかと思うよ。世界中探してもお兄だけだよ」
「そんなことない。意外といっぱいいる」
「その自信はどこから……」
唯は俺の洋服タンスを開けて中を見る。
「ファッションっていうのは、要は組み合わせが重要なの。平凡なシャツとジャケットでも組み合わせ次第ではオシャレに見えるのよ」
「さすがっす」
「とりあえず白シャツに黒ジャケットでも羽織って、パンツはよほど酷くなければ普通の格好には見えるよ。何なら、お兄ならそれくらいのがいい」
「パンツは外からは見えないだろ」
「この場合のパンツは下着じゃないの。ジーパンとかのことを言うの」
「なんだズボンか」
「……まあいいや。まずはインナー」
洋服タンスを漁りながら、あれでもないこれでもないと服を放り投げる。俺はそれをキャッチするしかすることない。
「なんでアニメシャツしかないの!?」
「バカ言え! アニメ以外もあるわ!」
「この中学生が着るような服のこと!?」
「事実中学生の頃に着てた服だ!」
「新しいの買え!」
「金がねえ!」
「小遣いあるだろ!」
「他に遣ってる!」
「興味を持て!」
全くもう、と言いながら唯はタンスを更に掘り起こす。
「お兄に彼女ができる日はくるのか? もっと男を磨かないと、仮にできても彼女が恥ずかしいよ?」
「……それは、まあ、その時考えるよ」
「あ、これいいかも」
「ほら見ろ、あったろ」
「まだマシってことだよ」
アニメのシャツであることに変わりはないが、まだ柄が控えめなものを唯が選ぶ。
「ジャケットは……これでいいか。パンツもジーパンあるし、それ合わせれば最低限見れる格好にはなるよ」
唯は黒のパーカー(もちろんアニメの柄だがシャツと同様に控えめなもの)と紺色のジーパンを投げてくる。
「これで解決?」
「まじあざます、唯先輩」
「きも」
俺が深々と頭を下げると唯は蔑むような視線を俺に向けて部屋を出ていく。それはお兄ちゃんに向けていいような目じゃないよ。
「……明日、か」
唯に見繕ってもらった服を避けながら、散らかった服を片付ける。
学校行事は好きじゃなかった。いつもの学校でも楽しくないのに、それが校外ともなれば尚更だ。
いつからか毎日が楽しくなくなって、学校に行くのが嫌だと思う日もあって、明日が来るのが怖くなって。
最近はそれも少しだけマシになったけれど、それでもやっぱり根本的な部分は変わらなかった。
だから。
久しぶりだった。
明日が楽しみだと思ったのは。
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