第22話 すっきり



 雑貨屋に到着した。

 結構な荷物なので、これを持ちながら店の中を徘徊する気にはならず笹倉を見送って俺は店の前で待つことにした。

 見たいものは決まっていた感じだし、そこまで時間もかからないだろう。

 ぼーっと前を通る人を眺めながら時間を潰す。

 その時だ。


「あれ、もしかしなくても筒井じゃね?」


 驚いた。

 こんなところで名前を呼ばれるとは思ってなかったから。最初自分ではないどこかの筒井さんのことだと思ったが、その声の主が俺の近くで足を止めたので、俺は諦めてそちらを向く。


「何か?」


 こんなところで、しかも声をかけてくるのは中学のクラスメイトくらいしか思いつかない。


「いや、一人でいるから何してんだろと思ってさ。つか、今もぼっちなん?」


 小馬鹿にしたような笑い方をしてくるそいつは、大原という名前の元クラスメイトだ。

 中学のときも別に地味という印象はなかったが、高校デビューでもしたのか髪を茶色に染め、制服も着崩し、なんかチャラチャラした雰囲気になっていた。目が細くツリ目なのは相変わらずだが。


「……そっちも一人に見えるけど?」


 大原は、中でも告白後の俺をバカにしてきた連中の一人だった。当然、好きではないしむしろ嫌いだった。

 なので皮肉を言うように言い返してみた。


「お前と一緒にすんなって。俺は連れと一緒だって」


「へえ」


 別に興味もないので短く返事をする。早く立ち去らないだろうかと思っていると、後ろの方からこちらに向かっている人影が視界に入る。


「直君お待たせ」


「おう、菜穂」


 菜穂と呼ばれた女はちらとこちらを見ながら、大原の右腕にするりと自分の腕を絡める。

 まるで自分達は付き合っていると周りに主張するように。


「それ誰?」


「ああ、まあ中学の連れだ。筒井、この子、俺の彼女だ」


「どうも」


 さすがに何も言わないのはよくないだろうと思い、最低限の言葉だけを返す。


「なんかキモめじゃんね。直君こんなのとツルんでたの?」


 こいつもまた茶色なのか赤なのか分からないような混ざった色に髪を染め、それをツインテールでまとめる。正直イタイ。

 顔は厚めの化粧を施しており、すっぴんを見るのがやや恐ろしい。鼻のラインだけ見ても可愛くないことは明確だ。

 背は低いわりに若干の丸みがある。ぽっちゃりといえばまだ可愛げがあるが、そう呼ぶかどうかは人次第だろう。

 あと話し方がギャル調な上に、声がお前鼻詰まってんのか? と言いたくなるようなものなので、耳障りである。

 これまで数多くのリア充を妬んできたが、これほど羨ましくないカップルは初めてだ。


「んなわけないだろ。ちょっとイジメてたりしただけだよ。なあ?」


 大原が言うと、二人はギャハギャハとブサイクに笑う。品のない笑い方に、俺は愛想笑いを浮かべる。

 便利だなあ、愛想笑いって。


「お前彼女とかいんの?」


「いや、それは」


「そもそも友達いんのかって話か!」


 言って、再び下品な笑いを見せる二人だった。何言われても別に傷つくとかもないからいいんだけどストレスは溜まるから早くどっか行ってくれないかな。


「いますよ」


 その時。

 横から声がした。大原と彼女はそちらを見て目を丸くして驚く。


「なに、あんた筒井の友達なの? こんなやつと一緒にいて楽しいことなんかあるわけ?」


「勘違いしないでください。わたしは筒井くんと友達じゃないです」


 笹倉木乃香は静かに、冷静に、淡々と言葉を並べる。普段見せることのない空気をまとっており、彼女が怒っていることが何となく分かった。


「んだよー、びっくりしたわ。そりゃそうか」


「ね! こんな地味なやつが女子の友達連れてるとかナイよねー」


 大原に続いてツインテ仮面も乗ってくる。ある意味、ここまでお似合いのカップルも珍しいか。


「わたしは、筒井くんの彼女です」


 笹倉がそう言った瞬間に二人の動きがぴたりと止まる。幻聴でも聞こえたかなと言わんばかりに笹倉の方を見た。


「わたしは……優くんの、彼女です。わたしの大好きな人を悪く言わないで!」


 淡々と言っていた笹倉が、ついに声を荒げてしまう。それに驚いた二人は一歩後ずさった。


「え、あんたが筒井の彼女? お前がこんな可愛い女の子と付き合えるわけないだろ!?」


 大原は動揺を隠せないまま、笹倉を見たあとに俺を睨む。


「優くんはすごくカッコいいですよ。誰よりもカッコよくて、誰よりも優しい、最高の男性です」


 笹倉は大原の目をまっすぐ見て、声に怒りを乗せて言い放つ。大原は言葉を失い、ツインテ仮面へと視線を移す。


「い、行こうぜ、菜穂!」


「え、あ、うん」


 そして、それ以上何も言わずに大原と彼女はこの場を去っていった。


「大丈夫だった?」


 二人が完全に見えなくなったのを確認してから、笹倉がこちらを振り返った。


「別にもともと何とも思ってなかったけど」


 しかし。

 笹倉が出てきたときの大原の顔を見たとき、気持ちがすっきりした。それは確かだった。


「まあ、なんだ、ありがとう」


「いえいえ。わたしも、ついカッとなって嘘ついちゃった」


 自分が俺の彼女だ、と言ったこと。

 あそこまで言わせておいて、否、言ってもらっておきながら、その気持ちに応えないのはどうなのだろうか。

 笹倉が俺に告白してきてくれてから少し経つ。俺みたいなやつに、笹倉はずっと付き合ってくれている。

 いつまでも待たせておくことが、正しいはずがない。

 間違っている。

 彼女に失礼だ。分かっていたことなのだが、それでも俺は本当の意味で向き合おうとはしなかった。

 けれど、いつまでも背を向けておくわけにはいかない。

 俺は、答えを出さなければならない。

 笹倉木乃香との関係について。


「ごめんついでに一ついいかな?」


「なに?」


「せっかくだからこれを機に、優くんって呼ぶのは」


「それはごめん」


「がーん」


 恐る恐る、ちらちらとこちらを見ながら言っていた笹倉は、ショックを分かりやすく顔に出した。

 いやだって、それはさすがにいろいろダメでしょ。

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