第21話 あの時と今



 笹倉が中学時代の同級生と楽しく話している光景をふと思い出した。

 少なからず友達はいたが、じゃあ今遭遇したとしてあんな感じで自然に雑談に入ることはできるだろうか。

 衰えてしまったコミュニケーション能力もそうだが、それ以前に今更になってまで話すような相手でもなかったのではなかろうか。

 俺が友達と思っていただけで、相手はそう思っていなかった可能性だってあるのだ。

 そんなことを考えてしまうと、気分が憂鬱になる。


「どうしたの?」


 食材コーナーを出た俺達は、笹倉が思い出したように提案してきた雑貨屋に向かっている。

 なにやら見たいものがあったらしく、荷物を持つ前に思い出してくれるのがベストだったが、まあ良しとしてそれに付き合っている。

 ぼーっと歩いていた俺に笹倉は心配そうな顔を向けてきた。


「いや、別になにも。ちょっと考えごとをな」


「そーなんだ」


 あまり深く聞くことでもないと思ったのか、何かを言おうとして止めた笹倉は笑顔を作った。


「あの二人とは仲良かったの?」


「菜々子と頼子ちゃん? うん、そうだね、クラスの中では普通くらいだったかな。ずっと一緒ってわけでもなかったけど、それなりに遊んだりはしてたよ」


 学校といえば、二種類の友達がいる。

 それは校内限定友達か、あるいは校外も含む友達か。前者は、学校の中では一緒にいるがプライベートで会ったりはしない距離のある友達。休み時間やイベント事は一緒に楽しむことができる。後者は校内はもちろんプライベートでも遊んだりする関係だ。ある種本当の友達はこちらを指すのかもしれない。前者を否定するわけではないが、仲がいいと思うのは断然後者だろう。

 笹倉にとってさっきの二人がどれほどの友達だったのかは分からんけど、いずれにしても友達であることは確かだ。

 俺は何人いただろうか、と思い返すのも億劫になる。


「筒井くんの中学時代の友達ってどんな人だったの?」


 そう言われて思い浮かべたのは昼休みなどを一緒に楽しんだ二人だ。学校が終われば集まってゲームをしたりもした。あれは友達といっていいだろう。


「普通に俺みたいな奴らだったよ」


 オタクで地味で目立たない、クラスの端っこにいるような男子生徒。類は友を呼ぶのだ。


「筒井くんに似てるんだ。じゃあきっと優しい人なんだね」


「……そんなことは言ってない」


「照れなくてもいいのに」


 俺がそっぽを向くと、笹倉はからかうように肘で攻撃してきた。その攻撃が鬱陶しくもこそばゆい。


「でも、良いやつばかりじゃなかったよ。ほとんどが敵に回ったからな」


「敵?」


「いや、敵っていうか何ていうか。とにかく俺の立場は完全アウェイだった」


「そういえばこの前言ってたね」


 俺の中学時代の黒歴史。全てを台無しにした元凶。それはいつかの告白だ。あれがなければ俺はまだマシな思い出が残っていただろうに。

 淡い幻想を抱くから、現実をつきつけられて痛い目にあう。


「別に面白い話でもないから、そう何度も掘り返すことでもないんだよ」


「わたしはあの話好きじゃないな。好きな人だからってわけじゃないよ? それが誰であってもそういうことはしちゃいけないと思う。どうしてそんなことをするのか理解できない」


「中学生なんてそんなもんだろ。結局は自分じゃない誰かをターゲットにして、そいつを悪者にすれば自分の立場は守れるからな。それがたまたま俺だったってだけだ」


「どうしてそういうふうに思えるの?」


「所詮過去のことだからだよ。今はもう違う学校だし、逢うこともない。だからもういいんだ」


「……でもそのせいで筒井くんは人を……」


 笹倉は言おうとしたことを飲み込んだ。別にそれくらいで傷つくこともないけど、彼女なりに気を遣ってくれたのかもしれない。


「いいんだ、今がそれなりに楽しいからな」


「筒井くん……」


 お前がいるから、なんてことは言わない。ていうか言えない。

 でも、少なからず彼女が関わっていることは確かだし、笹倉がいるから楽しいと思えることも増えたのは事実だ。

 直接言うのはこっ恥ずかしく、これが今の精一杯である。


「それは、良かったね」


 笹倉は、俺の心の中を覗き込んだように微笑みながらそう言った。俺は誤魔化すように明後日の方を向くのだった。

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