第20話 好き嫌い
笹倉の旧友二人と別れた俺達はようやく食材コーナーに到着した。
時間が時間なのか、割り引かれた惣菜を狙ってか主婦の姿も多く見受けられた。
そんな中、俺はカゴを持って野菜コーナーに向かう。
「わたし持とっか?」
「いや、いいよ。ここで持たせたらいろんな奴からブーイングがきそうだから」
女に荷物持たせて男が悠々自適に買い物をしてしまえば、口うるさい女性フェミニストからはくだらない文句の嵐が起こり、男からは女子に荷物持たせるなんて有り得ないとかいう嫉妬のこもった怒りをぶつけられるに違いないから。
「そっか。ありがと」
そんな俺の意図を察したのかどうかはともかくとして、笹倉はふふっと小さく笑いながらそう言った。
「バーベキューって何がいんの?」
「ん? んー、どうだろ。筒井くんはバーベキューとかしない派?」
「少なくとも家族親戚以外とはしたことない派だ」
バーベキューは家族で行うことも多いが、それを若者だけで集まり実行する場合、それは決まってリア充なのだ。
そうでない奴らはそもそもバーベキューをするという発想に至らない。肉が食いたくなれば母に頼むかあるいは焼き肉を食べに行く。少なくともそこで、よし河原に行って肉焼くべ? とはならない。
あいつらは人生を楽しむ天才だからな。もう何でも楽しんじゃうまである。バーベキューで料理をひっくり返してしまっても、それすら笑って楽しむからメンタルすげえってなる。
そこに関しては別に羨ましくもない。
「笹倉は?」
「わたしも、家族としかしたことない派かな」
「意外だな。どの男子グループからも引っ張りだこだろ。夏休みはバーベキューはしごしちゃうレベルだろ」
笹倉木乃香とバーベキューをする、それはもうその夏最大の思い出となること間違いなしだろう。肉食えてそのグループ内に女子がいるだけでも満足度高めなのにその上可愛いのだから文句なし一〇〇点満点だ。
今回だって笹倉を狙う男子は多かった。須藤がいなければ大変なことになっていたかもしれないと思うとゾッとする。
「前も言ったけど、わたしあんまり騒がしい場所は好きじゃないんだよ? もし友達とするとしても、人は選ぶよ」
「あんなの騒いだもん勝ちじゃないの?」
「……そんなことないと思うけど」
呆れたように短く言った笹倉は野菜の物色を始めた。
「なに買えばいいとか分かんの?」
「まあ、バーベキューはしないけど料理はそれなりにするからね。何となくはイメージできるかな」
「女子力高いですね」
「女子力って別に料理の腕だけが全てじゃないんだよ?」
「そういうもんか?」
「おしゃれかどうかとか、いろいろだけど。パッと見て、あ、可愛いってなったらそうなのかも」
「感覚的な問題なのね」
女子力というのは分からんもんだが、それでも笹倉は女子力高いだろ。知らんけど。
「筒井くんは嫌いな野菜ってある?」
「いや、基本的には何でも食うかな。強いて言うならトマトが好きじゃない」
「トマト? 美味しいと思うけどなあ。でもバーベキューにトマトは参加しないから大丈夫だね」
「焼きトマトとかあるらしいけどな」
「そうなんだ。美味しいのかな?」
「さあな。俺は美味しいとは思えないけど、定番としてあるくらいだし、美味いんじゃないのか。何なら食ってみるといい」
「そうだね。せっかくだしチャレンジしてみようかな。みんなは何かあるのかな?」
メジャーどころの野菜をカゴに入れながら笹倉はむうっと唸る。
「気にしても仕方ないだろ。あったらそれ食べなきゃいいだけだし」
「まあそうだね」
にこりと笑いながら笹倉は言う。
たまねぎ、人参、キャベツ、かぼちゃ、アスパラといった定番野菜を次々とカゴに入れていく。
手際の良さに感心していると、ピーマンに伸びた手がぴたりと止まり、そのまま次に行く。
「ピーマンは買わないのか? 定番のイメージあるけど」
別に俺も特別好きというわけでもないからどっちでもいいんだけど。ピーマン好きって人あんま見ない気がするし。
「ん、んー、まあ、嫌いな人多いかなって。ほらピーマンって苦いし、食感もなんかね?」
目をバシャバシャ泳がせながら、笹倉は言葉を並べる。その反応一つだけでだいたい察す。
「ピーマン嫌いなの?」
「うっ」
バツが悪そうに小さく唸った笹倉は俯きながら、ちらと俺の様子を伺うように見上げてくる。
「ピーマンはどうしてもダメなの! あの噛んだ瞬間のゴリってなる感じも! 苦みも! 見た目も! においも! 全部ダメなの!」
言いながらボルテージが上がったのか、俺との距離を詰めてきて背伸びまでして俺と笹倉の顔の距離はあと少しで唇が重なるくらいにまで接近した。
そして少しして我に返ったのかハッとしてすぐに距離を取った。あそこまで取り乱す笹倉木乃香はレアなパターンだ。
「ダメだよね。ママにも言われるんだけど、どうしてもあれは嫌なの……」
「いや、別に好き嫌いくらいあってもいいんじゃないか。そこまで嫌なら無理して買うこともないと思うぞ」
「うぅ、わがまま言ってごめんなさい」
「いや、人間少しくらい欠点があった方が可愛いもんよ。完璧過ぎるよりはちょうどいいって」
「……うん、ありがと」
その後、若干テンションが下がったままの笹倉と買い物を済ました。
彼女の弱い部分を垣間見た、貴重な時間であった。その一面を見て、改めて思う。
どれだけいい子に思えても、どれだけ人気があっても、どれだけ可愛かろうと。
それでも。
彼女も、普通の女の子でしかないのだと。
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