第18話 ドーナツよりも甘いのは
お店での注文を済まし、ドーナツを受け取った俺達は空いている席を探して座る。
平日だけど夕方ということもあってかフードコートは若干の賑わいを見せていた。
「なんかこうしてるとデートみたいだね」
「そうですかね?」
「ああ違うか。デートみたいっていうか、デートだよね?」
「……そうなんですかね」
男女が二人で仲良く買い物するのはデートらしいし、こうして二人で一つのテーブルを囲むのもまたデートなのかな。
デート、かあ。
なんで俺はこんなに可愛い女の子と一緒にドーナツ食ってんだろうな。正直自分でもよく分からん。今年の始めまではこんな光景を妄想すらしていなかった。
なのに、まさかこんなことになるなんて世の中分からないものである。
「えっと、それじゃあ一口もらってもいいですかね?」
「別にいいけど。ゴールデンチョコレートは美味いからな。食いたくなるよな」
こちらの様子を伺うように言ってきた笹倉に俺は即答した。そしてお皿を笹倉の前まで持っていく。
そう、ゴールデンチョコレートは美味しいのだ。エンゼルフレンチやオールドファッションなど、長い間ミスタードーナッツを支えてきた古株である。それだけ長い間愛されてきたということは味も素晴らしいということ。これに関しては俺の主観的な意見などではない。世間がそう言っていることがデータに明らかにされている。
「じゃあ、いただきます」
言ってから、笹倉は小さな口でゴールデンチョコレートに噛みついた。その姿が何とも可愛らしい。いや、どう可愛いかと言われると表現に困るけどとにかく可愛い。女の子がドーナツを食べているという設定がもう既に可愛いのだから、それを可愛い笹倉木乃香がすればもう可愛いのだ。
語彙力ねえなあ、俺。
「おいひぃ」
もごもごと咀嚼しながら笹倉は頬に両手を当てて幸せそうに笑った。ドーナツ食ってここまで幸せ顔できるなんて単純なやつだぜ。
「このサクサク食感とあまい生地がいいよね。ごちそーさま」
そう言って、笹倉は俺の方へ皿を戻し、さらに自分の皿をこちらへ寄越す。何事かと思い笹倉の顔を見ると、すっごいにこにこしていた。
「わたしのも一口どーぞ」
「え、いいの?」
「そりゃもちろんだよ。人のを貰っておいて自分のはあげないなんてダメでしょ。人のものを貰うことができるのは自分のものを差し出す覚悟のある人間だけだよ」
なにそれ名言?
どこぞの誰かが言っていたのかもしれないけど、今に限っては対象がドーナツなので心には響かなかった。
「じゃ、いただきます。ぶっちゃけちょっと食べたかったんだよな」
一礼して、俺はドーナツを口へと運ぶ。口を開き、ドーナツを受け入れる準備ができたところでふと思う。
あれ、これもしかしなくても間接キス的なあれじゃない?
俺がかじったものをこの後笹倉が食べるのだからそれはもう間接キスだ。いや待てそれを言うならそもそも俺のドーナツを笹倉が食べているので既に間接キスは確定している。でも笹倉が食べたものを俺が食べるのは抵抗ないけど、俺が食べたものを笹倉が食べるのは何となく抵抗ある。子供の時とかに俺が口つけたペットボトルの飲み物飲めねえよとか言って捨てた女子を思い出してしまう。自分から言ってきたのだからさすがにそんなことは言わないだろうけどどうしてもフラッシュバックしてしまう。
でもここで食べるのを止めると急に意識したみたいになるからそれはそれでなんかダサいから避けたい。
仕方ないここは食うか。
この後、あなたの食べたものなんて食べれないわよ! みたいなクレームきたら大人しく新しいの買って渡そう。
「どう? 美味しい?」
「ああ、こっち買えば良かったと思えるくらいに美味い」
美味かった。
今の言葉に嘘はない。本当にゴールデンチョコレートを買ったことをちょっとだけ後悔してしまった。
俺はドーナツを皿に置き、笹倉の前に戻す。そして、ちらと彼女の様子を伺う。
「そうかそうか、美味しかったか。それはもう楽しみですなあ」
なんて言いながら、笹倉は何の躊躇いもなくドーナツにかぶりついた。そしてまたあの幸せ顔を見せた。そうだよな、こいつはそんなこと言ってくるやつじゃないよな。
「さて、それじゃあそろそろ行こっか」
ドーナツを食べ終え、少しだけゆっくりした後に笹倉が立ち上がる。
「そうだな。そろそろ」
「本屋にでも……」
「食材コーナーに行きますよ」
「……はーい」
残念そうな返事をして、肩をがっくり落としながら俺の後ろをとぼとぼとついてくる。
「なんか見たい本でもあったのか?」
「筒井くんと行きたいんだよう」
なにそれ可愛い。
この子なんで俺に告白してきたんだろう。あれは夢だったんじゃないだろうか? だってこのレベルの子とこうして仲良くしていること自体有り得なさそうな話なのに。
「時間が時間だし、また今度でいいだろ」
「また今度来てくれるの?」
「……まあ、暇だったらな」
「そっかあ。だったら仕方ないか」
声を弾ませて表情を崩す笹倉を横目に、俺達は食材コーナーに行くために一階に下りることにした。
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