第三章

第17話 買い物デート



 班を決めてからあれやこれやと日が経ち、あっという間にバーベキューイベント前日である。

 前日に買い物を行い、その荷物を各班ごとに持ち寄るという話なので誰かしらが買い物に行かなければならないのだ。

 できることなら無駄に荷物を増やしたくはないので誰かがやってくれることを期待していたのだが。


「じゃ、行こっか。筒井くん」


「……そーですね」


 結論からいうと、俺と笹倉の二人で行くことになった。

 笹倉は気遣いだから申し出るだろうとは思っていた。そこに須藤辺りが同行すれば丸く収まったのだけれど。


『悪いな、部活があって』


 である。

 何を隠そう須藤瞬といえばバスケ部次期エースと期待されている有望選手なのだ。彼自身それを分かっているが故に、サボる等できるはずもない。

 ならば羽島が女子同士で行けばいい。買い物がてら喫茶店にでも入りガールズトークに花を咲かせてしまえばいい。

 そう思ったのだけれど。


『えっと、私も部活が……。あと笹倉さんがちょっと怖い』


 である。

 誰にでも優しく気さくな笹倉木乃香に怯えるとは、いったい何をされたのだろうか。校舎裏に呼び出されて何かされたのかな。いやいや、さすがにイメージ結びつかないな。

 そうでなくとも、羽島もどうやら部活らしい。聞くと文芸部に所属しているようで羽島らしいといえば羽島らしい。

 皆さん部活に入って、学生生活エンジョイしてんだなあ。俺もどこかに入れば少しは日常に変化があるだろうか?

 ともあれ。

 そういうことで俺と笹倉が選ばれたのだ。

 さすがに女一人に買い物任せて荷物を持たせるのは酷だし、俺もそこまで落ちぶれてはいない。


「これはあれだね、デートってやつだね」


「いや、買い物でしょ」


「筒井くん知らないのかな? 男女が仲良く買い物することを世間ではデートって言うんだよ。これは紛うことなきデートだよ?」


「さいですか」


 昇降口で靴を履き替え学校を出る。

 学校の近くにショッピングモールはある。というかもはやそれしかない。娯楽施設など周辺には一切見当たらない。


「そこ行くのか?」


「んーん、筒井くんと二人なら地元の方がいいかなって思うんだけど」


「ああ、そうか」


 俺と笹倉はどういうことか家が近く最寄り駅が一緒なので、そういう選択肢もある。それならば家までの距離だけで済むので多少なりは楽か。


「それに、人目が気にならないから思う存分いちゃいちゃできるでしょ?」


「いちゃいちゃはしませんけどね」


 人目気にしてるのは事実なので、それに関しても有り難い。

 班決めで笹倉が俺に声をかけてきた件については、よく分からないけど『笹倉がぼっちの俺に気を遣って声をかけた』ということに落ち着いたらしい。結果的には有り難いことだ。

 二人で電車に乗ることがあまりないので新鮮な光景である。普段ならば避けたいことだが、今日のところは買い物に行くという大義名分があるから良しとする。

 言い訳があっても、殺意の眼差しを向けられることに変わりはないんだけどな。

 最寄り駅から二つ先の駅に、駅と直結しているショッピングモールがある。近くのスーパーでいいんじゃねえのという俺の意見は見事にスルーされ、その場所を提案された。

 曰く、「デート場所がスーパーなんてナンセンスだよ! そんなの許してくれる女の子は世界でもわたしくらいだね」だそうだ。許してくれるのならばスーパーで良くない? とはさすがに言えなかった。

 そんなこんなで目的地に到着。


「食材コーナーは一階か」


「けどフードコートは二階だよ」


「そうなんだ。でも目的地は一階でしょ?」


「そうだけど。でもフードコートは二階だよ?」


 何できょとん顔なの? どうしてその顔ができるの。こっちがしたいくらいなんだけど。え、俺達買い物しに来たんだよね? 明日の食材を。


「……そんなにお腹空いてんの?」


「そんなことないけどー、まあそれでいいや。ということだからまずはフードコート行こ? 女の子がお腹空かせてるのに無視して買い物したりしないよね?」


「まあ、別にいいけどさ。俺も小腹空いてるし」


 ということで俺達はとりあえずフードコートに向かうことにした。この時点で既に笹倉のペースなのだから、俺ってやつはきっと将来奥さんの尻に敷かれるのだろう。結婚してればの話だが。


「なに食べよっか?」


「軽く食べれるやつがいいな」


「じゃああれは?」


 笹倉が指差したのはミスタードーナッツだった。男一人で店に入ることがまあないので食べるのはずいぶんと久しぶりだ。一緒に行く女友達もいないので、俺がミスタードーナッツを食べるのは親が買ってきたときくらい。


「悪くない」


「良かった。じゃ、行こ」


 笹倉に先導してもらい、俺はミスタードーナッツへと向かう。

 ショッピングモールのフードコートといえば様々な店が並んでいる。ラーメン屋や牛丼屋、ハンバーガーや肉料理など種類は豊富だ。

 美味しそうなにおいが漂う中、店の前に行くと甘いにおいがふわりと鼻孔をくすぐった。それに触発されてかお腹がぐうと鳴る。

 それに合わせて横でも同じ音が鳴ったので少し驚きつつ笹倉の方を見ると、あははと照れ笑いを向けてきた。


「わたしもお腹空いてきちゃった」


 いや、そもそもお腹空いてたのはあなたなのでは? なんてことは言わず、俺達は並べられているドーナツを確認する。

 昔ながらの人気コンテンツから期間限定のドーナツまで陳列されており、どれもこれも美味しそうなので目移りしてしまう。

 メジャーなところにいくか、それともちょっと冒険してみるか。でも冒険して失敗するくらいなら成功が確定しているものを頼んだ方がいい気がする。

 よし。


「決まった?」


「まあ。そっちは?」


「決まったよ。わたしはポンデリングにする。期間限定の味があるからそれにしよっかなって」


 そのパターンがあるか!

 ポンデリングといえば今やミスタードーナッツを代表するドーナツの一つと言える。その美味しさは揺るぎなく、今まで何度も派生ドーナツを生み出している。

 ポンデリングという完成された土台があるからこそ、安全な冒険が可能となるのだ。

 いや、しかし、俺はもう頼むものを決めてしまった! ここから再び迷うなんてことは……。


「俺は、ゴールデンチョコレート」


「美味しいよね、ゴールデンチョコレート。あのサクサク食感がたまらないの。そんなこと話してたら、食べたくなっちゃうね」


「二つも食べると腹が膨れちまうぞ」


「そうなんだよねえ」


 悩ましい顔をする笹倉がハッと何かを思いついたように表情を明るくした。


「いいこと思いついちゃったよ」


「なに?」


「筒井くんの、一口もらえばいいんだ」

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