第13話 郷に入っては



 青姫こと近藤栄達に連れられ、俺達はとある喫茶店に来ていた。


「……えっと、栄達さん。あなた、さっき何て言いましたっけ?」


「そんなよそよそしい呼び方など不要。シリンダーよ、僕のことは青姫と呼ぶといい」


「絶対に遠慮しときます。現実にゲーム事情を持ち込むのはご法度では?」


「数々の死線を共に潜り抜けてきた我々に、そんなルールは必要ないと思うが、話が進まないのでとりあえず保留としよう」


「それは有り難い心遣いだ。その心遣いついでに最初の俺の質問にそろそろ答えてもらってもいいですかね?」


 そう。

 駅前で合流した後、立ち話でも何だと言うことで、栄達さんは確かに言った。


「ん? 僕の行きつけの喫茶店があるからそこに行かないか? というせりかな?」


「それで。ここは?」


 一語一句違わず、確かに彼はそう言った。しかし、何というかここは俺の知っている喫茶店とは少し違う気がする。

 この前笹倉と一緒に行ったような場所を想像していたのだけど。


「僕の行きつけの喫茶店だが?」


「あ、栄にゃん! 久しぶりー?」


 駆け寄ってきたスタッフが栄達さんに馴れ馴れしく話しかける。


「久しぶりということもない。先週来たではないか」


「えーそうだったかなー?」


「そうだよ。ホントに青にゃんはもの忘れが激しいのだからして!」


 はっはっはっとおかしそうに笑う栄達さんを俺は思いっきり睨んでやる。


「ん、どうした?」


「ここメイド喫茶じゃねえか!!!」


 ついに我慢が限界に達した俺は心からの叫びを上げる。そんなことをすれば当然周りからの注目を浴びることになるので、俺はハッとして座り直す。


「それがどうかしたのかい? メイド喫茶だって立派な喫茶店ではないか。ね?」


「そうだよう。お兄さんってばおかしなことを言うのだからして!」


 そして二人して笑い出す。

 めっちゃ仲いいなこの人ら。ちょっとうらやま……気持ち悪い。


「羽島なんかこの店に入ってからフリーズしてしまってるんですけど?」


「ウインガウルは寡黙だからな」


「今のこいつは羽島愛奈なんですが?」


「私、メイド喫茶って初めて来たので緊張します!」


 それはそれで間違った感想だよ。

 今言うべきセリフはそうじゃない。もっと別にあるはずだ。


「さて」


 栄達さんが仕切り直すようにコホンと咳払いをする。あんたがそれをするな。


「注文も済ませたところで、本題に入るとしようかね」


「まさか、メイド喫茶の楽しみ方を伝授しようとか言うんじゃないだろうな」


「それはそれで気になるところですけど」


「バカ言え。我々が次に挑む高難易度クエストに向けたミーティングである」


 そこは真剣に行うのかよ。

 その後、自分達の役割確認や装備などを話し合う。ミーティングが終わった頃に、まるで空気を読んだかのようなタイミングでメイドさんがやってきた。


「お待たせにゃん」


「お、僕の出番かな?」


「出番?」


「チェキだよ」


「チェキ?」


 羽島の疑問に、栄達さんがしたり顔で答える。知らんの? みたいな言い方されても困るんだけどな。


「メイドさんと写真を撮るのさ。僕が頼んだコースにはそれが組み込まれているのさ。こう見えても、僕はチェキを集めるのが趣味なのだ」


 どう見えてると思ってるんだろうか。


「ちなみに僕の推しは姫にゃんさ。君達も今からでも追加注文できるから心配いらないよ」


「えと、私やろうかなあ」


「嘘だろ?」


「せっかくメイド喫茶に来たのですから、楽しまなければ損ですよ。郷に入っては郷に従え、という言葉もあることですし」


 好奇心旺盛なのか?

 羽島愛奈はクラスでも目立たないし、誰かと盛り上がって話しているところを見かけることもない大人しい人だと思っていたけど、イメージ覆るな。


「俺は……いいかな」


 女子はやはり苦手である。

 栄達さんと一緒にチェキを撮る姫にゃんとやらを見ながら、俺は改めて思う。

 確かに可愛らしいし、愛想もよくコミュ力もあって男子受けもさぞかしいいだろう。でも、あの笑顔も結局のところは営業スマイルでしかなく、心の何処かではバカにされているようにしか思えない。

 あれにデレデレしている栄達さんをバカにするわけでもないけど、そんな考え方をしてしまう俺は、この場に馴染めそうもない。


「私も行ってきますね」


 メイドさんとのチェキを追加注文した羽島も、撮影ゾーンに向かい、俺は席に一人となる。

 テーブルの上のコーヒーを啜る。

 楽しそうに撮影する栄達さんと羽島を眺めながら、少しだけ悪くないかもと思ってしまう。

 こんな休日も、悪くない。

 今まで休日にこうして遊んだりすることもなかったからな。友達、と呼んでいいのかは分からないけど、本来俺が頭に描いていた高校生活というのはこういうものだった。

 いつからなんだろうか。

 いろんなことを諦めて、いろんなことに妥協して、いろんなことに背を向けるようになったのは。


「……はあ」


 今からでも、遅くないだろうか。

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