第8話 その笑顔の裏側は?




「本屋寄っていいか?」


「ん。いいよ」


 喫茶店でケーキとコーヒーを味わった俺たちは再び商店街を歩く。二人での喫茶店の時間は、それはもうケーキよりも甘ったるくて語るに耐えない。


「なにか買うの?」


「ああ。集めてる漫画の新巻が出てるからそれを」


「ふーん。筒井くんはどんな漫画が好きなの?」


「……」


「な、なにかな?」


 俺が半眼で睨んでいると、笹倉はコテッと首を傾げる。きっと会話の流れで聞いてきただけなのだろうが、俺はその質問が好きではない。


「それ、本当に知りたいのか?」


「え、そりゃ、もちろんだけど?」


「本当の本当だろうな?」


「急にどうしたのかな?」


「別に」


 オタクだからとりあえず聞いとくかくらいの気持ちで聞いてくるから、こちらが答えてもリアクションは特になく、返事も「へー」くらい。興味ないんなら最初から聞くな。しかも喋ったら喋ったで「饒舌だね」みたいに煽ってくるし。


「俺は別にこういうのが好きってのはない。面白ければどんなジャンルでも読む。ラブコメ、ファンタジー、ミステリもいわゆる萌え系だって、オールジャンル好きなんだ」


「おすすめは?」


「笹倉は漫画とか読むのか?」


「人並みには読むかな。少女漫画とか、恋愛ものが多いけれど」


「恋愛系なら絶対にハズせないのは君色世界だな。これは主人公とヒロインが長い長い道のりを経て恋人になるんだが、この恋人までがものすごく長くて大変なんだ。一つの壁を乗り越えれば次の壁が現れる。そんな中でヒロインとの距離を少しずつ詰めていき、ようやく告白を果たすんだ。その告白は修学旅行で行われるんだが、そこが屈指の名シーンとして語られている」


「それは見たことないなあ。漫画なの?」


 そんな話をしている間に本屋に到着したので、俺は自分の目的の漫画を探すついでに笹倉に君色世界の漫画を渡す。


「これだ」


「……」


 笹倉はその漫画を珍しそうに眺める。

 なに、漫画見たことないの? そんな珍しいものじゃないでしょ。


「じゃあ、これ買ってみようかな」


「えっ」


 俺は笹倉の言葉が意外すぎて、思わず驚きの声を漏らす。そんな俺をおかしそうに見てくる笹倉。


「変な声出してどうしたの?」


「いや、まさか買うとは思わなかったから」


「だって、せっかく筒井くんがおすすめしてくれたし、読んでみないとでしょ」


「……面白くなくても、責任は取らないからな」


 漫画を買ったところでそろそろいい時間になった。俺たちは解散のために駅に向かう。家の方向が一緒だったみたいなので、ここは仕方なく同じ電車に乗る。

 中途半端な時間なので、同じ学校の生徒は見当たらなかったのが幸いだ。ここで誰かに見られれでもしたら元も子もない。


「笹倉もこっちなのか」


「うん。まさか筒井くんと同じ方向だとは思わなかった。これはあれだね、これからは一緒に登校とかできちゃうね」


「しないけどな……」


「ええー」


 本当に残念そうな顔をしている。本気で言っていたのかよ。笹倉みたいな美少女と一緒に登校とか、全男子の憧れでしょ。故に断るのだが。


「俺、次の駅だ」


「あ、わたしもだよ」


「え」


「え?」


 まさかの同じ駅に、俺は苦い顔をする。そんな俺とは裏腹に笹倉はぺかーと超笑顔だった。


「これはもう一緒に登校するしかないよね?」


「それはない……」


 駅に到着し、電車を降りる。

 女子と一緒に最寄り駅にいるのが何だかおかしくて、歯がゆかった。

 駅が近いといっても家は近くないだろうし、そこまで気にすることもないだろう。


「ちなみに筒井くんの家はどの辺なの?」


「俺はこっからちょっと歩くぞ」


「そっか。さすがに家も近所っていう奇跡は起きないかぁ」


 俺が指差した方向を見て、笹倉はがっくりと肩を落とす。そんな奇跡があってたまるか。


「ま、それでもいいか」


「……そっすか」


「うん」


 何かを企むような笑顔を浮かべて、笹倉は俺にそう言った。

 この顔は、俺の妹が俺にアイスをねだるときとかにする顔に近い。女というジャンルで一括りにするなら怖いところだが、さすがに妹みたいなやつと笹倉を同じにするのは失礼だろう。


「それじゃあ筒井くん、また明日ね」


「? ……ああ、じゃあな」

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