第9話 友達



「……えっと」


 翌朝。

 いつものモーニングルーティンを済ませ、俺は家を出て駅へと向かう。誰かと待ち合わせとかもしていないので、急ぐ理由もない。なのでそこそこ遅めの時間に家を出ている。


「おはよう、筒井くん」


 なので、こんな場所で誰かと遭遇することなどかつてなかったと言うのに、俺の目の前に知った顔が現れたのだ。


「なんでいるの?」


 そりゃそうか。

 たぶんここで待ち伏せしてやがったのだろうし。


「たまたまだよ? 何となく、いい天気だなと思って」


「嘘つけ……」


 白々しく言う笹倉に俺は低い声をぶつけた。それでも笹倉には全くダメージはないようだ。


「一緒に登校はできないんだよ。こんなところ誰かに見られたらどう思われるか」


「でも、たまたまクラスメイトと会って、せっかくだから一緒に登校することはあるでしょ?」


「……俺はない」


「じゃあ、初登校だね」


 何を言っても、笹倉は折れてはくれなかった。このままここで止まっていても遅刻するだけなので、とりあえず電車に乗る。


「お前、この光景誰かに見られたらどうなるか分かってんのか?」


「どうなるの?」


「俺がどこぞの誰かに刺されかねないんだよ」


「刺され?」


「笹倉木乃香は男子に人気のアイドルなんだ。そんな笹倉が、誰も知らないモブと一緒に歩いていたら、普通殺したくなるだろ?」


「そんな普通知らないけど……」


「なるんだよ。とにかく注目されるのが困るの」


「でも……」


「昨日は楽しかった」


 しゅんとする笹倉を見て、ものすごい罪悪感に苛まれたので俺は何とかしようと口を開く。

 そう言うと、笹倉はパッと顔を上げて表情を明るくする。


「高校に入ってから、誰かと一緒に帰ることもなかったし、寄り道だって初めてした。楽しかったよ。これは嘘じゃない」


「だ、だったら」


「……でもダメなんだ。俺はまだどうしても人を信じれない」


「なんで?」


 聞いてくる笹倉に、俺は大きく溜め息をつく。

 こうなったら話してやるか。

 もし本当に彼女が俺のことを好きなのだと言うのなら、知ってもらうべきだろう。俺がどうして人を拒むのか。どうして女子を信じられないのか。


「朝から話すことじゃないから、放課後にでも時間を作ってくれ。ちゃんと話すよ」


 誤魔化さずに、正直に話そう。

 俺の気持ちを汲んでくれたようで、笹倉はそれ以上は何も聞いてこなかった。

 けど、結局学校までは一緒に行くことになった。クラスメイトに会わなかったのがせめてもの救いだけど、そもそも俺クラスメイトに認識されてんのかな?


 放課後に話すことになったので、とりあえず一日を過ごす。もちろん、いつもと何も変わらない一日だ。ここ数日は笹倉のおかげで少しだけ代わり映えしていたが、これが本来の俺の学校生活だ。

 これが日常。それでいいと思っていたのに、少しでも楽しいものを知ってしまうと欲が出る。それを俺は何とか鎮めるしかない。だって、そんな未来はきっと訪れないだろうから。

 そして放課後。もはやおなじみとなった、誰もいない校舎裏に笹倉を呼び出す。まさか、俺が呼び出す側になるとは思いもしなかった。


「男の子から校舎裏に呼び出されるのって、こんな気持ちなんだね」


「どんな気持ちだ?」


「ドキドキする。これで告白でもしてくれれば言うことないんだけど」


「ある意味告白だよ、今から話すことは」


 誰にも話したことのないことだ。

 話す相手がいなかっただけだろみたいなツッコミは受けつけてない。

 心臓の鼓動が速くなる。これじゃ本当に告白するみたいだ。俺は深呼吸して自分を落ち着かせる。


「俺は一度、女子に告白したことがある」


「……」


 俺が話し始めると、笹倉は神妙な顔つきになる。何を思っているのかは俺には想像もつかない。


「そいつは裏表なく誰にでも接するクラスでも人気の女子だった。俺はその頃もそこまで積極的に人と話すタイプじゃなくて、そんな俺とも普通に話してくれた。女子と喋る機会のなかった俺が勘違いしてしまうのは仕方なかった」


「勘違い?」


「こいつ、俺のこと好きなんじゃないかなってやつだよ。そう思うと、何かもう気になってしまうんだ」


「そういうものなんだ」


「いろいろあって、俺はそいつに告白した。初めて人を好きになって、初めて自分の気持ちを伝えたんだ。結局振られたんだけど、それだけじゃ終わらなかった。あれだけ良いやつだと思っていたそいつだったけど、翌日に学校に行くとクラスの連中に言いふらしていた。俺は全てを失った。そして、誰も信じなくなった」


「……えっと」


 もしかしたら、他の人からすればその程度かと思うくらいの出来事かもしれない。

 笹倉は、何かを言おうとしては言葉が出てこなくて顔を伏せる。


「お前が嫌なわけじゃないんだ。ただ、お前が良いやつであればあるほど、信じることができない。そして笹倉、お前はすごく良いやつだ。だから、その裏側を疑ってしまう」


「……そっか」


 俺が言うと、笹倉は短く声を漏らす。

 俺が言っていることがどれだけ勝手かは分かっているけれど、でもこれが事実で全てなのだ。

 これで離れるならばそれでいいし、何ならばそうあるべきだ。


「たぶんここでわたしが何を言っても信じてもらえないんだろうけど、でもやっぱり何も言わないわけにはいかない」


 ぎゅっと、胸元で拳を握って俺の顔をじっと見つめてくる。


「わたしにだって裏はあるよ。裏表がないように思われてるのかもしれないけど、そんなことはない。ただ見えていないだけだよ。一緒にいる時間が増えれば、ダメな部分だって見えてくる」


「まあ」


 笹倉の言うことは最もだ。

 一緒にいる時間が少ないのだから、彼女のことを白なくて当然だ。ダメなところ以前に、いいところだって表面的な部分でしかない。

 俺は彼女のことを何も知らない。


「今じゃなくていい。時間をかけてでもいい。わたしのことを、もっといっぱい知ってほしい。いいところも、ダメなところも……全部、知ってほしいの」


 だから、と笹倉は言葉を続ける。

 俺は彼女に、どう応えればいいのだろうか。全てを恐れて、逃げて、その先に何があるというのだ。

 俺は、変わらなければならない。


「わたしと、友達になってください」

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