第5話 苦い思い出



 中学生の頃の俺は、自慢にもならないが友達が多いとは言えなかった。

 もちろん、今のように全くのゼロというわけではなかったが、それでも周りに比べればその数は少なかったと思う。

 中でも女子と会話することはほとんどなかった。

 思春期的なものだったのだと思う。

 女子だと意識すると上手く話すことができなかった。

 昨日見たアニメの話も、くだらない冗談話も、学校であったどうでもいい話も、何もかもができなかった。頭が真っ白になるのだ。


「筒井ー、教科書見せてー」


 あれは中学二年生の夏のことだ。

 新しいクラスにも慣れ、テストも終わったということもあり、席替えがあった。

 そこで隣になったのが、とある女子だ。

 女バスにいる活発な女生徒。誰にでも気さくに話し、友達も多い。勉強は少し苦手だけれど、運動が得意で好きらしい。

 周りに比べれば数少ないコミュニケーションだったけれど、その中でいろんなことを聞いた。

 彼女と話し、彼女のことを知れることが楽しくてならなかった。

 他の誰とでも話せるのに、こんな俺にも話しかけてくれる彼女に心惹かれるのに、時間はかからなかった。


「ちょっといいか」


「ん?」


 そんなある日のことだ。

 俺はその子を呼び出した。

 奇しくも、それは校舎裏でのこととなる。緊張して唇は乾き、声は震えて体は思うように動かなかった。

 これほどまでに緊張したことは、もしかするとかつてなかったかもしれない。

 俺は自分の思いを相手にぶつけた。

 告白というやつだ。

 気さくで、明るくて、元気で、楽しげな彼女が好きだった。

 なぜこのとき、最悪のパターンのことを考えなかったのか。

 恋は盲目、なんて言葉があるが、いろいろと見えていなかった。

 いろんなものを見ていなかったから、何も考えることはしなかった。

 だから。

 頭を下げられ、断られたときは驚いたし、ショックも受けた。


「筒井は悪いやつじゃないけど、そういうふうには見れないかな」


 申し訳なさそうに言ってきた。

 俺の頭の中にあったものはこの瞬間全て崩れ消えた。

 一緒に登校できると思った。

 昼休みにご飯を食べれると思った。

 授業中に分からないところを教え合えると思った。

 放課後に二人で寄り道できると思った。

 家に帰っても電話とかメールとかで話せると思った。


「そっか」


「ごめんね。じゃ、また明日」


 惜しむ様子も見せずに、その子は校舎裏を去っていった。

 俺にとっては一大イベントだったこの告白も、彼女にとってはどうでもいい些細な出来事でしかなかったのだ。

 その時は、それに対してもショックを受けた。

 けれど。

 その翌日、俺は思い知る。

 想定もしていなかった最悪のパターンがあったことを。


「よお筒井、お前昨日鶴見に告白したらしいじゃん」


「しかも振られたんだって?」


「かわいそー」


 教室に入った瞬間、そんな言葉が飛んできた。

 そのとき理解した。

 その女生徒が、あのあとクラスの連中に言いふらしたのだ。

 想定するべき最悪のパターンは、振られることじゃなかったのだ。

 振られ、それを言い広げられ、俺の立場が悪くなることだった。

 それからの俺の一年間は最悪だった。

 何を言われても、何をされても耐え抜いた。我慢して、我慢して、我慢して、何とか乗り切った。


 誰にでも気さくに話し、いつだって笑顔の彼女にさえ裏があったのだ。

 怖かった。

 もう、誰も信じられなくなった。

 どうせ裏切られるのならば、誰も信用しない方がいい。

 理由なき行為が恐ろしかった。

 理由なき好意が、怖かった。


 そして俺は、人を信じなくなった。

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