第4話 校舎裏の告白



 それは五時間目の授業が終わった後だったり。 


「甘いものと辛いものどっちが好き?」


「辛いものは嫌い」


「そーなんだ。わたしもあまり好きじゃないよ」


 それは翌日の朝、駅でたまたま会ったときのこと。


「あ、筒井くん。奇遇だね。いつもこの時間なの?」


「まあ、そうだな。あと一本遅いときもあるけど」


「朝弱いの?」


「どちらかと言えば」


「わたしは夜の方が苦手かなー。眠たくなっちゃう」


 それは、教室について荷物を置くために別れたすぐあとのこと。


「そう言えばもうすぐ席替えがあるみたいだよ」


「へえ、そうなんだ。できるなら後ろの方がいいな」


「なんで?」


「目立たないだろ。隅っこの方でほそぼそと生きていきたい」


「そんな悲しいこと言わないでよ。ちなみに、わたしの希望の席はどこだと思う?」


「……最前列の教卓前とか」


「その席に好んで座りたがる人はいるのかな?」


「いや、なんか優等生っぽいし、勉強したいかなと思って」


「ぶぶー。不正解です」


「……正解は?」


「正解はね、筒井くんの隣の席です」


「……そですか」


 そして、その日の昼休みのことだ。

 俺は彼女の机の中に手紙を忍ばせ、校舎裏に呼び出した。

 思い出深い場所である。思い返せばここで笹倉と話したことでいろいろと始まったのだ。

 昼休みの校舎裏は人がいないことで有名だ。なんといっても日の光は当たらないしじめじめした空気だし、人のいない場所を好むカップルでさえあまりこの場所は選ばない。なぜならロマンチックのカケラもないからだ。


「ええっと、わたしはどうして呼び出されたのかな? これは、あれ? 期待とかしちゃっていいやつですかね」


 先に待っていた俺を見つけた笹倉は、そんなことを言いながらこちらに歩いてくる。


「だとすると、残念だけど期待には応えられないと思う」


「机の中に手紙が入っていたときはすごく喜んじゃったんだけど、あれはぬか喜びという形で終わりそう?」


「まあ、恐らく」


 笹倉が何を期待しているのかは俺には分からない。予想することも想像することもできるけど、それは結局は俺の中で完結する結論に過ぎない。話しでもされない限り、彼女の気持ちは俺には理解できない。

 リア充特有の察しの良さは持ち合わせていないのだ。空気が読めるからリア充なのか、あるいはリア充だから空気が読めるのか。どうなのか。


「はっきりさせよう」


 俺は短く言う。

 すると、笹倉は怯えるように体を震わせた。平然を装っているのだろうが、内側から湧き上がってくる不安は隠しきれていない。


「笹倉は俺に、その、あれだ……告白めいたことをしてきたろ」


「告白めいたことじゃなくて、告白だったんだけど」


 俺が言うと、笹倉はしゅんとしながら意義を申し立ててきた。そうなんだろうけど、なんか口にするのは恥ずかしかったんだよ。


「あれの真意を聞きたい」


「真意?」


「いろいろと言いたいことはある。けど、まずはそこからなんだ」


「真意ってなに?」


「あの、こ……告白は、何を思ってやったことなのかってことだよ」


 笹倉はぽかんとした表情になる。

 え、俺そんなに変なこと言った?


「あの、何か言ってほしいんですけど」


 すると笹倉はハッとしてから、おかしそうに笑った。


「なんで笑う?」


「だって、筒井くんが急におかしなことを言うから」


「言ってないんだけど……」


「言ったよ。何だっけ、告白してきた理由は何かってことでしょ? 告白をする理由なんて一つだけだよ」


 あははと尚も笑いながら言う笹倉だったが、言い終わってからここでようやく息を整えた。

 そして、ふうっと息を吐いてから俺の顔をじっと見てくる。


「好きだから。一緒にいたいと思ったからだよ。それ以外に理由なんてないし、必要ないと思うな」


 彼女のまっすぐな瞳が、真剣さを伝えてくる。冗談ではなく、心の底から本気なのだと言うことが。

 目が、言葉が、空気が、俺の心に訴えかけてきた。


「お前が俺を好きになる理由がないんだよ」


 そのまっすぐな目が怖い。

 納得するだけの理由が欲しい。

 いつの間にか凍りついてしまった俺の心は、どうしても彼女の存在を認められなかった。


「ねえ筒井くん」


「……なんだよ」


 笹倉の声は低かった。

 いつものように弾んだ声じゃなく、さっきのように不安げな声でもない、低く落ち着いた声。

 彼女のそんな声を、俺は初めて聞いた。


「人を好きになるのに、そんなに理由がいるかな?」


「当たり前だろ。理由もないのに人を好きになんてなるかよ」


 俺が即答すると、笹倉は難しそうにむむむと唸る。


「なかなかどうして、筒井くんはそうとうな捻くれものだね」


「ようやく分かったか。どういう幻想を抱いていたのか知らないけど、お前が好きだと錯覚してた相手はそういう奴だったんだよ。今なら全然立ち去ってくれてもいいけど?」


「立ち去らないよ。だって、好きだもん。筒井くんのこと、本気で。それくらいで幻滅したりなんてしないよ」


 なんなんだ。

 いったいこいつは、何を見てそこまで思えるんだよ。

 女なんて、みんな一緒なんだよ。

 好きでもないのに思わせぶりな態度を取って、こっちがその気になれば急に突き放し、あまつさえ周りへの報告と共に俺の立場を崩してくる。

 本気にしちゃダメなんだ。

 歩み寄ってはいけないのだ。

 最後に痛い目を見るのはいつだって自分なのだから。


「……」


 俺はあの日、それを思い知った。

 否、思い知らされたのだ。


 ―――。

 ――――――。

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