第17話

弘美には、その今昔物語の本が、娘、怜奈の部屋の本棚に会ったのをはっきりと覚えていた。彼は、娘に、

「この本は・・・?」

と、訊かなかった。この時、怜奈は十五歳だった。学校でも古文を習い始めていて、ゆっくりだろうが原文を読めたのだろう。

弘美にも、まあ少しは何が書かれているのか知っていた。でも、この子が・・・怜奈が、なぜ


本に興味を持ったのかは分からなかった。

今、怜奈の子の杏里が同じ本を手にしていた。

「買っておいで・・・」

弘美は杏里にお金を渡した。

「ありがとう、お祖父さん」

そこへ、聞き慣れた声が聞こえた。

「お前、本買ってもらったのか?」

振り向くと、前田ゆうきがいた。杏里が買った本を覗き込んで来た。

「お前・・・こんな難しい本を読むのか?」

ゆうきはからかっているのか、それとも杏里の気を引こうとしているか、彼女には分からなかった。

ゆうきより少し離れた処に男の人が立って、ニコニコ笑っていた。おとうさんかな・・・杏里は思った。弘美は笑っている。ゆうきのお父さんも、だ。どうやら船便がひとつ遅れたのに乗ったようだった。

「あんたは・・・買うの?」

ゆうきはニコニコしている。

「俺は、本なんか読まないから・・・」

ゆうきは胸を張って、いう。

この時点で、杏里は何も言う気が無くなってしまった。

「杏里、行くよ。まだ生きたい所があるんだろう」」

弘美が声を掛けて来た。

「ふん」

杏里は顔を背けた。

「うん、お祖父さん」

本屋から出ると、

「あの男の子、なかなか元気がいいね」

弘美は小さな子がいなかったから、学校にどのような子供がいるのか、全く知らなかったのだ。

「お祖父さん、ゆうきくんのお父さん知っているの?」

杏里は訊いた。

「ああ、知っているよ。漁師なんだよ」

 「ふうん」

 杏里はしばらく黙ってしまった。

 「ところで、何処へ行きたいんだ?」

 「お姉さんたちの学校・・・」

 弘美は首を傾げた。

「お姉さん?」

弘美は杏里が誰のことを言っているのか、分からなかった。だが、すぐに理解したようで、

「ああ、そうか。分かった。今日は学校が休みだから誰もいないかもしれないが、運動部の生徒がいるかも知れないな」

「うん、行く」

「こっちだ」

弘美は杏里の手を握り、歩き出した。

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