第16話

羽幌駅が南西に広い道路が一直線に伸びている。車も少なく、人がほとんどいない。

杏里はキョロキョロとしている。始めて来るから店が何処にあるのか分からない。

「あれ?」

杏里は嬉しそうに走り始めた。

コンビニエンスストアではなく、小さなスーパーマーケットが羽幌の駅と港の中間にひっそりとある。

その前に、小さな本屋さんがあり、中に入ろうとする杏里。

と、店の中に入る前に、杏里は立ち止まって、振り返った。そこからは、やはり海が見え、島が見えた。

どこからでも、海が見えた。杏里の足は止まったままだ。

 「どうしたんだ、杏里?」

 弘美が声を掛けて来た。

 「中に入らないのか?好きな本があったら買っていいよ」

 「えっ・・・うん」

 杏里は覗き込むようにして、本屋の中に入って行った。

 以前住んでいた町で、お母さんと一緒に本屋さんに行った記憶があった。ここと違って、ずっと大きな本屋だったと記憶しているが、その頃はまだ字もあまり知らなかったから、本にそれ程興味がなかった。

(でも・・・今は違う)

杏里は探したい本があった。多分、学校の図書室にもあるはずだけど、その本はずっと手元に持っていたい本だった。

「あった・・・これだ!」

杏里は、その本を手に取った。

「こんな小さな本屋さんに、この本があるとは・・・」

杏里は思わなかった。

《今昔物語集》と、題名は掛かれていた。杏里には、この漢字が読めた。母と本屋さんに来るたびに、手に取っていたからである。

遠い昔のお話ばかりで、平安の世に起こったお話ばかり集めたものばかりだった。もちろん、小学校の子供が読み易いように書き直されていて、難しい話はのっていない。

なぜ、杏里がこの本を知っているのかというと・・・まだ母・・・お母さんが生きている時の話に戻らなければならない。

柴山杏里の母、柴山怜奈はこの本を手に取り、

「この本にはね、遠い昔のお話がたくさん載っているのよ。人間はね、その時代、その時を懸命に生きて来た証しのお話なのよ。忘れないで・・・今生きている者は、粗末な生き方をしてはいけないの。今は買わないけど、もう少し大きくなったら、買ってあげるから読んでみるといいわね」

確か・・・四つか五つかだった、杏里ははっきりと覚えている。

杏里は母を見上げた後、パラパラと本をめくってみた。なるほど、その時の杏里には難しい字があった。彼女は納得し、その本を元の場所に戻した。

「お祖父さん、これ、買ってもらっていい・・・」

と、弘美お祖父さんに尋ねた。

「その本が欲しいのかい?」

杏里は頷き、その本を抱き締めた。

弘美はニコリと笑い、

「読めるのかい?」

と、訊いた。

杏里はまた頷いた。

「ほお・・・」

弘美はちょっと驚いていた。

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