第8話

(ああ・・・そうだ)

あの頃は、こんなに寒い所には住んでいなかった。

それだけが思い出された。

老人は首を二三回軽くふった。

(まあ、いいだろう、その内思い出すだろう・・・すべてを。その時、あの子に話してやらなくては・・・)

「どうだい?」

走って、戻って来た杏里。彼女は老人の手を握って来た。

(暖かい)

この暖かさだ、心地よかった。

「訊いて、いいかい」

「何?」

弘美は言うのを、ちょっと戸惑った。

「どうしたの?」

(そうか)

弘美は決心した。


弘美は笑みを浮かべたが、恥ずかしのか目を逸らした。

杏里は

「いいよ」

と答えた。

杏里は手を上げた。彼女は、それほど大きな体ではない。

弘美は体をかがめたが、

「やめておこう」

というと、背中を向けた。

「家までもう少しだから、おんぶをしていこうか」

「うん、いいわ」

杏里は老人の背中に覆いかぶさった。

「ううん、やはり重いね」

弘美はちょっとふらつきかけたが、みさ江の待つ家に向かって歩き出した。

(みさ江は、この子を見て、何と思うだろう)

何となく、そんな心配が、弘美にはあった。

(娘の反抗的な行動に反対していたからな・・・)

でも、この子の顔を見たら、あの時の気持ちも忘れてしまうだろう、弘美はそう願うしかなかった。

「ねえ、おじいさん。私・・・このゆめのような島を探検したいの、いい?」

「ゆめのような島か!」

「うん。ゆめと言ったけど、みんな現実なんだね」

「ははっ、今目のしているものは、みんな現実なんだよ」

杏里の手が、老人を強く抱き締めた。

「もう少し先だから、眠っていいよ」

少女の返事はない。でも、さっき老人を抱き締めていた手は、だんだんゆるくなっていた。

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