第5話
「ごめんよ。家までは歩いて行くから」
弘美は申し訳なさそうに、いった。
「そうなの。全然・・・気にしないで。お母さんと、よく追い掛けっこ、したもの」
杏里は首を大きくふった。
「わぁ!」
船着き場から見える、島の光景に喜びの声を上げた。まだ太陽は日本海の水平線に落ちていなかったので、島に覆いかぶさる木々の様子がはつきりとうかがえた。中腹には、ばらばらに四五軒の家がみえた。
「一番上に見える家だよ、見えるかな?」
「ああ、あれね」
弘美が指さす先にぽつんと一軒の家が見えた。
「気に入ってくれるかな?」
弘美は少女の反応を気にした。
「気に入らないなんて、とんでもない。私には分かるの。違うわ、私には見えるの。この島は素晴らしいところ。これから先、私に夢を見させてくれて、素敵なところへ連れて行ってくれるところ」
(この子は、笑っている。確かに、この島は、中に入っていけば行くほど・・・そうか、気に入ってくれるのか。いい、とってもいいことだ)
「どうだい、気に入ってくれるのかい?」
「うん、すごっく」
弘美は、この子が島を気に入らないのでは・・・と心配していたが、
(よかった)
と安どした。
「こっちだよ」
すぐに、島を回り込むように道路が走っている。その道沿いには二三軒の家がばらばらに建っている。その中の一軒が小さな食堂で、見た感じひっそりとしていた。どうやら、もう誰もいないようだ。
「そこの小さな道から登って行くんだよ」
老人が指さした先には、ものさびしく見える樹林があった。
「少し坂になっているけど、大丈夫かな!」
「平気よ。ここに来る前、私の想像した通りよ。お母さんに、私に何かあったら、お祖父さんの所に行くんだよ、と言われていたから。お母さんから、島のこと、聞いていたから」
杏里の目が生き生きしている。これから夢の世界にでも飛び込んでいきそうな気持ちなんだろうか。
「私のお祖父さん、この先には、いろいろな夢の国があるのよね」
弘美は返事にこまった。彼が、この島に来て、十年以上になるが、そんな所があったかな・・・
「う、うん」
としか答えられなかった。
「でしょう」
杏里の声ははずんでいる。
「走ったら、こけるよ」
島の周囲を走る道路は舗装されていたが、少しでも横道に逸れると、地道になっている。
すると、杏里は走るのを止め、振り向いた。そして、
「大丈夫って言ったでしょ。お母さんと同じことをいうのね」
また、走り出した。
「ねえ、ねえ、この島のみんなが私を呼んでいる。聞こえるでしょ」
弘美は走らない。もう、坂道を走れる歳ではない。
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