第4話

「ねえねえ、お祖父さん、私のお祖父さん・・・私、こう呼んでいいの?」

杏里は弘美の傍に来て、ちょっと顔の大きいお祖父さんを見上げた。

「いいよ、そうなんだから。でも、私にはちゃんとした名前があるんだからね」」

弘美はちょっと照れ臭かった。でも、いままでにない嬉しさを感じた。

「ごめんなさい、じゃ、名前を教えて下さい」

「弘美って言うんだ。芝山弘美ってね」

「ちょっと前に、そんな名字になったの。同じなんだね」

「そうだよ。私の孫なんだからね」

「ふうん」

そうなんだよ、と杏里は言い聞かせた。

急に、この子が恋しくなった。そうかといった、抱き締めるわけにはいかない、こんな所で。

この時期、島に観光に来る人は、ほとんどいない。観光シーズンは過ぎていた。船内や甲板を見ても、乗っているのは一人だけだった。それでも、恥ずかしかった。

「周りは、全部、海なんだね」

風が冷たい。この先、もっと寒くなる。

「寒くないかい?」

「ちっとも」

杏里は首を振った。

「私ね、今、ここの海さんと、お話をしているの」

少女の声ははずんでいる。

「そう」

と返事をした。

老人の記憶は、また時間をもどす。

そういえば、このようなことが、あったような気がした。ここには、あの子が・・・いる、姿を変え。事故は仕方がない。でも・・・死ぬ必要があったのか。

杏里が抱き着いて来た。

老人は、少女の頭を二度ばかり、優しく撫でた。胸がドキドキしている。

「海と、お話が出来るの!」

杏里は、うんと。

「海は、みんな、同じじゃないんだよ」

「えっ、そうなんだ」

弘美は、あの子から聞いたことがある。

「島はどんなところ?」

「とっても静かで・・・」

「あっ・・・待って!」

少女は老人の言葉を遮った。見ると、目をつぶっている。

「今、想像しているのよ。うん、はっきりと見えるよ、私のお祖父さん」

にこにこと顔を崩している。

「そうかい、そうかい」

そんな少女に、やはり見覚えがあった。あの子が・・・ここには、いる。私に反抗して、家を飛び出したあの子が・・・いる。

老人はしゃがみ込み、孫を抱き寄せた。

「そうかい。想像している島の様子を聞かせておくれ」

そうすることに、我慢出来なかったのだ。

「わたしね、あの島の名前を、一番星の島にする」

(ほう)

弘美は驚いた。

「可愛い名前だね」

本当の名前は、ヤンゲシリ島という。島の中心部にはオンコの樹木が生息して、島全体の静かさを支配とたいる。

空にはもう一つ星が輝いている。

弘美には、何度も見かけている光景だった。それが、この子には、まったく違うものに見えるようだ。

「私のお祖父さん、港からお祖父さんの家まで、どれくらいあるのかな?」

杏里は、うふっ、と笑った。

「何が、おかしいのかな!」

老人の記憶には、あの頃の風景が蘇って来ている。

何もかもが、同じだ。

「お願い、今は、何も言わないで。島に着いてからのことをかんがえているの。、私の想像している景色や空気の匂い、あっちこっちの木々の姿やその足元にじっと耐え生きている植物さんが、その通りなのか、この目で確かめたいから」

そして、

老人を見て、ペロッと舌を出した。真っ赤な、きれいな舌だった。

その後、杏里は何も話さない。だんだん近づいて来る島を見ていた。

でも、老人には、この少女が・・・孫がどんなに興奮しているか、その顔からも見て取ることが出来た。

やがて、長い冬が来る。日によっては、島に何日も閉じ込められてしまう。実に鬱陶しい日の連続だ。でも、この子なら・・・と弘美は思うのだった。


定期船は、時間通りに船着き場に着いた。

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