第2話
杏里は不安になって来た。もう、彼女の想像は止まらない。
(海が近くにあるのはいいけど、ここの海は私を受け入れてくれるのかな?あまりに長い間、海とにらめっこしながら話していると、お母さんが呼び来てくけたけど・・・ここでは、誰が呼びに来てくれるのかな?)
海が近くにあるというのは、いいんだけれど・・・冬香はちょっと心配になってしまう。
「こんにちは、初めまして。私は杏里と言うの。よろしくね、これかにずっとこっちにいるんだから」
おーい、よろしくね
杏里はお腹に力を入れ、大声で叫んだ。波の音が聞きたかった。それには、まず自分の声を届けなければ・・・と思ったのである。
海までの距離はまだあり、どんなに大きな声で叫んでも届きそうにもなかったのだが、急に寂しさと悲しさが、彼女に襲い掛かって来たのだった。
この時、冬香は近づいて来る老いた男の人に気付いていない。
老いた男の人は、海に向かって行く少女に気付いていた。少女の大きな声に驚いたのだが、びっくりして立ち止まってしまった。その老いた男に気付かないのか、少女は全く見向きをせずに通り過ぎて行ったのである。
(ひょっとして、あの子かもしれない)
確証はなかったのであるが、踵を返して、今すれ違った少女の後を追った。
でも・・・その子が、今日私が会う子だったとしたら、おかしいなと老人は思った。私が迎えに来るのを聞いているはずである。この辺りでは見かけない女の子だが、薄い黄色のスカートをはいている。老人は、あなたのお孫さんは、薄い黄色のスカートをはいています、と役所の関係者から知らせを受けていた。だから、
(あの子に間違いない)
と老人は思う。
老人はすぐにこう納得した時、
「ああ!」
大きな声を上げてしまった。
(そうか・・・!)
私がどんな服を着て、いくつ位の男なのか知らされていないのかもしれない。多分、私の写真も見ていないはずである。これは・・・いかん。老人は走ろうとしたが、もう若い時のように走れない。
「おーい、君!」
少女には聞こえないのか、立ち止まらない。どうしようか迷ったが、この方法しかなかった。二三回叫んだのだが、少女との距離はますます離れて行くばかりだった。仕方なく、このまま少女の後を追うことにした。
杏里はだんだん海に近づいて来ているから,杏里の体が踊り始めていた。現に、杏里の足はステップを踏み、体は右に左に動き、時には上下に波打っていた。
(あの子は・・・何をしているんだ?〉
(変な子だな!)
老人は思ったが、不思議なことに老人自身の体も踊っていたのである。もちろん、少女の動きと比べると、見られたものではない。
(あの子の・・・お母さん、つまり私の娘、ヱミはあんな活発な女の子だったかな?)
老人はちょっと首をひねった。でも、すぐに老人の顔に笑みが浮かんだ。
(まあ、いいか)
これからあの子と暮らすことになるんだから。こう思うと、老人は急に楽しくなって来た。だが、あいつは・・・みさ江はどう思うだろう。老人はちょっと心配になった。
おたくの娘さん夫婦が事故で亡くなられました、と役所から知らせを受けた時、驚いたが、私が病弱のため、向こうに行けなかった。ヱミは家出同然で飛び出していった。娘との関係にはいろいろ後悔はあったが、もうあの子が小さい頃には戻れないと思い、とにかく無事に暮らしていることを知り、ほっとしたことを覚えている。以後のことは、余り詳しいことは知らない。ヱミから連絡してくることはなかった。生きて暮らしていたらいい、と思っていた。気の強いかみさん⌒これは、老人の個人的な印象である)、みさ江と、ここで最期を迎えればいいと観念していたところだった。そんな時、事故で娘夫婦が死に、娘がひとり残されたと知らせを受けたのだった。
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