杏里という少女
青 劉一郎 (あい ころいちろう)
第1話
第一日目 真っ黒い髪の中に、所々金色の髪が混じっていた。人は茶色というけど、彼女は絶対に金色と言い張っています。その女の子の名前は、柴山杏里と言います。彼女は八歳で、今日は、背中に大きなリュックを背負っています。
少女は一人で幌美という小さな駅に降りた。北海道のずっと北にあるとっても小さな駅です。無人駅手はなくて、駅員さんはあと少しで定年になる芳三さんで、みんなは芳さんと呼んでいます。
少女・杏里は改札口を出ると、辺りをキョロキョロとし出した。どうやら、誰かを探しているように見えた。それとも、誰かを待っているのか・・・まだ分からない。おいおい分かって来るだろう。今しばらく、彼女の様子を見ていよう。
幌美の駅の様子は本当に静かです。
駅から広い幅の道がずっと西に向かってのびている。その先に何があるのか、駅からは見えない。
私を、何処へ連れて行ってくれるのかな?ふっと、そんな疑問を考えてしまう。その割には、少しも寂しさはない。
どうしてなのかな?
「あっ!そうか」
見上げると、すっごく大きい空がいっぱいあった。さわやかな空があった。こんな気持ちのいい空の下にいるのは、初めてだ。胸がわくわくしてくるが、苦しくない。ずっと見ていたい・・・そんな気分になる。ところで・・・。
そうそう、杏里・・・彼女は八歳なのです。そう言いましたね。背はそんなに高くなく、目にも特徴はない。ただ、キョロキョロと黒い瞳が動き回っている。さらに、丸くて大きな黒縁のメガネを掛けている。そして、最も特徴があるのは、彼女の来ている服です。杏里が強く言い張るのは、服の色なのです。どんな服でもいいのです。きれいでなくても、今流行っている可愛い服でなくてもいいんです。彼女は黄色が好きで、上下どちらかが黄色だったらご機嫌なのです。
本当に、普通の女の子なんです。どんな性格の女の子か、このお話が進むにつれて分かって来るでしょう。ただ一つ、はっきりと言えるのは、杏里の髪は、ほんとうに真っ黒いということ。この点について、杏里は嫌いで仕方がなかった。なぜ、こんなに黒い髪なのか、杏里は何度も自分に問い続けた。
私の髪はどうしてこんなに黒いの!いや、違うわ。黒いのなら、まだ少しは我慢出来るけど、私の髪は、黒じゃなくて、本当に真っ黒いの。
どんなに問い続けても、答えは出て来ない。私のお母さんに聞いたけど・・・杏里は母の顔を思い浮かべることが出来なかった。お父さん・・・いない!私は・・・誰?
このことは、彼女がずっと考えて来た疑問だった。今も答えを出していない。でも、今は、この町に住んでいるある人を待っていた。ある人とは、彼女のお祖父さんだった。彼女にも詳しいことは分からないが、母の父であるらしい。
「私の父と母は一か月ほど前に死んでしまって、今は私と同じ世界にはいません。私はね、まだこの事実をはっきりと受け入れてはいません。だってわかるでしょ。この世界に、私は一人ぼっちなのよ。とっても悲しいし、生きているのがとっても苦しい。こうして息をしていることさえ、いやになる。でも、私まだ八歳なんだから、という自覚はある。もう八歳なんだから、この世の中のいろいろなことが分かりかけている。だから、気持ちを切り替えようとしているの。こんな言葉は使いたくないんだけれど、こうなってしまったからには、仕方がないことだから。
「一人ぼっちになってしまった家で、私は窓の傍に椅子を持ってきて、ずっと空を眺めていたの。これから、私はどうなるの?そうしたら、知らない人がやって来て、言うの。 あなたのことをいろいろ調べたの。そうしたら、あなたのお母さんの父である方がいて、ずっと北の方に住んでいらっしゃることがわかったの。私たち、市の担当者は連絡をして、今の状況をお知らせしました。そうしたら、あなたにとって、とってもいい返事をいただきました」
と言うんです。私には一人ぼっちになってしまった寂しさがあったので、ただ、その人の言うことを聞くしかなかったの。それに、お母さんのお父さんが、どんな人かとっても気になったの。だって、そうじゃない。お母さんのことだって、まだどういう人なのか分かっていなかったんだから。それに、北の方に住んでいるって、市の人が言っていたけど、私、まだ北の方に行ったことなんてないんだから」
杏里は感じたこととか、思ったことを、心の中で考えたり、周りに知らない人がいても、気にせずに言葉に出してしまう女の子でした。
杏里は歩き出した。寒かったんだけどね。だって、青い空が余りに物静かに見え、私は話しかけたくなったの。もうじき九月も終わりそうなの。この北の町の中を、ここに着いたとき何度も何度も風さんは、私に、
「こんにちは、こんにちは、この町に何をしに来たの?」
と話しかけて来たの。私には分かるの。風さんのささやきが。今はもう学校に行けなくなったけど、いつも変なことを言っている私を、みんな笑っていたけど、私には風さんの声が聞こえるの。
海が見える。
「ああ・・・」
杏里の口からため息が漏れた。
杏里はじっとしていられなくなって、風さんに誘われるままに歩いて行くことにした。
彼女は、この駅で、母の父を待っていることを完全に忘れてしまっていた。
目の前に海が近づいて来た。杏里は今まで海を見える所に住んでいたことがあったが、その度にすごく嬉しくなった。だって・・・と彼女はいつも言葉を続ける。風さんが、よく来たね、私たちはあなたの来るのを楽しみに待っていたのですよ。さあ、いつもの海辺に行って、話しましょ、いろいろなことをね。さあ、おいで。さあ、行こう。走って。
杏里は砂浜に座り、じっと寄せて来る波を見つめるの・・・学校であったことを話すのは、ちょっと苦手。特に美術の先生は嫌いなの。だって、すごくえこひいきするんだもの。私の一番の友だちは、隣に住んでいた美弥子・・・美弥ちゃん。一番仲の良かった美弥ちゃんなんだけど、彼女も私と同じでねそう思っている。お母さんは好き、とっても好き。好きだった。お父さんもちょっとだけ、好きだった。でも、もういない。私の手の届かない世界に行っちゃった。悲しくて、毎日が寂しいけど、受け入れるしかないと思っている。
しゃべり出すと、次から次へといろいろなことが浮かんできて、彼女はしゃべり出す。ちょうど、今がそう。そんな気分になった時、彼女は、波が打ち寄せる砂浜にずっと座っていたいと思う。
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