第17話 最悪の代役


 「そらそら!! 必死に逃げないと踏み潰してしまうわよ!! アハハハハハッ!!」


「くそっ!!」


 巨大ロボ、ゴッドヒカリオンの肩に飛び乗った日比野マゼンタは高笑いを上げる。

 ゴッドヒカリオンはただゆっくりと歩いているだけだが、一歩歩くごとに起こる地揺れに俺たちダークマターは逃げる事もままならない。

 既に数十人のダークマンが踏み潰され犠牲になってしまった。


「ヤミージョ様!! 早くその巨大化薬を私に使ってください!!」


『いや俺に使え、トラタイガーよりは身体が持ちこたえる筈だ』


 俺と並走して逃げているトラタイガーとタソガレが俺に呼び掛けてきた。


「ダメよ!! これは瀕死の怪人にしか使う事が出来ないわ!! 通常時に使ったらお前は身体が薬の効果に耐えられずし死んでしまうかもしれないのよ!?」


 自然と女言葉になってしまう俺、日比野に対しては何ともなかったのに何故?

 いや、今はそんな事はいい。


「知ってますよ、それでも使うなら今でしょう!? このままではみんな死んでしまいます!!」


『そうだ、全て自分一人で責任を抱え込もうとするな!!』


「くっ……!!」


 どう転んでも自分の命が危険に晒されるというのにこいつらときたら……。

 トラタイガーやタソガレを仮に巨大化させたとしてあの巨大ロボを倒せる保証はない、きっと時間稼ぎにしかならないだろう……しかし何もしなければ全滅必至だ。

 もしかしたら他のダークマター構成員は助かるかもしれない、その代わりトラタイガーたちは確実に犠牲になってしまう。

 俺は唇を強く噛みしめた、口元から血が伝う……こんな決断も出来ないなんて俺は何て情けないのだろう。

 だが俺が決断を先送りにすればトラタイガーは自ら敵の攻撃を受けてわざと瀕死の状態になるかも知れない、なにせ前科がある。

 タソガレだってきっとそうするだろう。

 いつまでも迷ってはいられないのだ。


「いい加減諦めなさい!!」


「きゃあああああっ!!」


 至近距離に落とされたゴッドヒカリオンの巨大な足の衝撃で俺たちはもろともに吹き飛ばされた。

 俺はうつ伏せに倒れ込み、暫く地面の土を抉りながら滑っていった。


「くそっ……皆は……?」


 弱々しく身体を起こすも視界内にトラタイガーたちは見当たらない。


「アハハハハハッ!! これであなたも終わりね!!」


 鋼鉄の塊が俺の頭上に移動する、ゴッドヒカリオンの足の裏だ……あれを降ろされたら俺は確実に命を落とすだろう。

 しかしただの踏みつけでやられるなんて何ともつまらない最後だなぁ……せめてこの巨大ロボがどんな攻撃や必殺技を使うのか見てみたかった。

 覚悟を決め目を瞑った後、何故かいつまで経っても俺は踏み潰されないでいた。

 何故だ? 俺は恐る恐る目を開ける、すると。


「あああああああっ!!」


『ヌオオオオオオオッ!!』


 何と俺の両脇にトラタイガーとタソガレが両手を上げて立ち、ゴッドヒカリオンの足を受け止めているではないか。

 あり得ない、いくら彼らが改造手術によって常人より肉体が強化されえているとはいえこんな巨大で重量のある物を押し留める事は出来ないはずだ。


「死なせない……こんな役立たずだった私を生かしてくれたヤミージョ様を……」


『惚れた女一人守れなくて何が暗黒剣士か……』


「おっ……お前たち……」


 俺の瞳から涙が溢れた……こんな状況でも俺の事を助けようとしてくれるなんて。

 しかし重みに耐えられず二人の足は徐々に地面に埋まっていく、このままではいつまで持つか……。

 

 「あっ!!」


 俺はある事を閃く、この絶体絶命の状況を覆す妙案だ。

 確かアレはこのポーチにしまったはず。

 俺が取り出したアレとは先ほどドクターから貰った巨大化薬だ。


『そうだ、それを俺たちに使え……そうすればこんな鉄の塊など簡単にひっくり返せる』


「いやこれはこう使うんだ!!」


「なっ!! ヤミージョ様なにを!?」


 トラタイガーは狼狽えている……それはそうだろうな、なにせ巨大化薬を俺自身が飲んでいるのだから。


「ング、ング、ング……ぷはーーーっ!! うっわ不味っ!!」


 苦くて酸っぱいドロドロとした液体が喉を通っていく、思わず嘔吐してしまいそうだったが何とか耐える。

 効果が出る前に戻してしまっては我慢してまで飲んだ俺の苦労が無駄になってしまうからな。


「来た来たーーー!!」


 俺の身体が眩い光を放ちグングンと大きくなっていく。


「うわっ!!」


 遂にはトラタイガーたちを押し退け、俺自身がゴッドヒカリオンの足を持ち上げた格好になった。


「こちらも大きくなってしまえば何て事は無いわ!!」


 俺は思いきり掴んでいた鋼鉄の足を高く持ち上げると、ゴッドヒカリオンは背面から倒れ込んだ。


「キャーーーーッ!!」


 当然肩に載っていた日比野マゼンタも振り落とされ地面に落下する。


「どう? 巨大化した女性幹部なんて前代未聞でしょう?」


 俺は下に居るタソガレたちを見下ろす。

 彼らはミニチュアの様に小さかった。


『あっ、ああ……そうだな……』


 仮面を被っていて表情が分からないタソガレすら戸惑っているのが手に取るように分かる。


「何てことを!! 身体は大丈夫なんですか!?」


「ああ、今の所何ともない」


 トライガーは心配しているが俺には成功するだろうという確固とした自信あったのだ。

 何故なら俺ことヤミージョも怪人としての肉体改造を受けているのが一つ、そしてもう一つはこの世界では俺が死ぬような展開にはならないのではという事だ。

 なにせ永田は俺の事を手に入れたがっているのだ、死なれては本末転倒だろう。

 こちらは一種の賭けだったが、どうやら俺は掛けに勝った様だ。


「さあ、第二ラウンド開始よ!!」


「ええい猪口才な!! 立ちなさいゴッドヒカリオン、そしてその巨人女をギッタギタにやっておしまい!!」


 日比野マゼンタがまるで悪の女幹部の様な台詞を吐き出す。

 俺からすれば今のあんたは明らかに悪役だからそれがお似合いだ。

 ゴッドヒカリオンは背中からジェットを吹かし立ち上がる。

 そして背中に生えている羽根を手に取ると、それは巨大な剣へと姿を変えた。


「ゴッドヒカリソード!!」


 剣を振りかざしポーズをとるとロボの背後には後光が射して見えた。

 特殊効果エフェクト付きとは豪華だな。

 ならばと俺も専用武器の鞭を取り出し構えを取る。


「やあああああっ!!」


 鈍い金属音を立て剣と鞭が火花を立ててぶつかり合う。

 お互い巨体故に動きがゆったりとしているがその分一撃一撃がとても重たい。

 だが決して俺は打ち負けてはいない、一進一退の互角の立ち回りを演じていた。

 だがゴッドヒカリオンはゴテゴテとボディに装甲が付いている分、やはり俺より動き辛そうだ。

 ここにこそ俺の付け入る隙があった。


「えい!!」

 

 俺はフェンシングの様に鞭を縦に構え付きの動作をする、狙いは装甲の隙間の肩の関節だ。

 鞭の先端がそこに突き刺さると、右手は切断され地面に落ちた。


 当然特撮においてロボットの中には人が入って操演している。

 動かすためには関節など装甲以外の部分は黒かグレーの軟質素材で出来ている。

 本来なら中の人がいる関係上そこから腕や脚が外れるなんて事は無いのだが、ここは特撮の世界、本物のロボだ。

 パワーアップの過程でサポートメカと腕を交換する事があったりするので肩の付け根は取り外しが利くようになっていることも多い。

 だから接合部を狙えば御覧の通り。


「それ!! こちらも!!」


 続けて左腕も落とす、両腕を失ったゴッドヒカリオンは成す術がない。


「卑怯よ!! 巨人女!!」


「おあいにく様、私は悪役だ」


 地上で地団駄を踏んでいる日比野マゼンタを蔑みの眼差しで一蹴する。


「とどめよ!!」


 この展開を逃す手はない、ヒーローロボを壊すのは気が引けるがそうも言ってはいられない。

 俺は猛然とゴッドヒカリオンに向かっていったがここで異変が起こる。


「うっ……何だ!?」


 胸の辺りがキリキリと痛み始めた、思わず足を止めて蹲る。

 まさか副作用? いやもしかして……そう思った矢先、俺の身体が縮み始めたのだ。


「時間切れか……」


 遂には元の人間大に戻ってしまった、おまけに身体中に激痛が走り立ち上がる事さえできない。


「はぁはぁ……」


「ウフフフ……傑作だわ、やっぱり悪は滅びのが世の常よねぇ」


 日比野マゼンタがゆっくりと俺の傍らに歩み寄る。


「あたしはね、あなたの事が昔から大っ嫌いだったのよ……あの人の命令で仕方なく仲良くする振りをしていたの……この屈辱が分かるかしら? 愛する人に新しい女を宛がう為に働くあたしの屈辱が……!!」


 日比野マゼンタの語気が急に荒くなり、俺の左頬を思いきり叩いてきた。


「くっ……嫌なら奴と別れれば良かっただろう?」


「聞いた風な口を!! だからあなたにはあたしの気持ちは一生分からないって言ってるの!!」


 もう一発、今度は反対の頬を叩かれた。

 俺は口の中を切ってしまい口元に血が伝う。

 くそっ、俺が動けないと思って好き勝手しやがって。


「ああ、もういいわ……あんたさえいなくなればあの人の気持ちはあたしに戻ってくるはず……」


 日比野マゼンタは腰からヒカリソードを抜いた。


「おいおい、まさかそれで俺を刺す気か? そんなことしたら永田が何て言うかな?」


「ウフフ、声が震えているわよ?」


「いや俺を殺すのは無理だよな? この世界がそうさせないはずだ」


「あら、その事に気付いていたのね、流石ひろみちゃん……でもね、あたしにはあの人から少しだけ力を分けてもらっているの……世界を造り変える力をね

 忘れたかしら? あたしが色々な兵器やロボを造り出したことを」


「まさか?」


「そのまさかよ、あれはあの人がやったんじゃないの、あたしがやったのよ……つまりこの世界の展開をあたしも変えることが出来るってこと」


 何てこった、それは計算外だ。

 この世界のルールに守ってもらうつもりがそう上手く事は運ばない様だ。


「そういう事であなたにはここで退場してもらいます……そろそろ時期的に番組の最終回も近い事だし、そろそろ敵の幹部が死んでもいい頃よね」


 日比野マゼンタがソードを振り上げる。

 万事休す……流石に俺もここまでか?


「……ゴフッ!!」


 日比野マゼンタが突然激しく吐血する。

 見ると彼女の腹から人の右腕が生えている、いや後ろから突き破られたといった方が正しい。


「いや~~~勝手な事をしてもらっては困るね~~~」


「えっ……?」


 日比野は震える声で後ろを振り返る。

 すると彼女に背後にはアンコック将軍が立っていたのだ。

 当然彼女の背中から腕を突き込んだのは彼であった。


「お前さぁ、僕の役に立つっていうから使ってやってたのにひろみちゃんに手を出すとかあり得ないんだけど?」


 そう言いながら日比野の身体から腕を引き抜く。


「あたし、あなたの事が大好きなのよ!! お願い!! 捨てないで!!」


 日比野はよろよろとアンコック将軍に近付き、懇願するように縋り付くが強く払い除けられてしまう。


「お前とはもう終わったの、例えひろみちゃんが現れなかったとしてもね……前から思ってたんだけど重いんだよね、お前の愛情は……」


「そっ……そんな……?」


 大量の血を腹に空いた穴から噴き出しながら日比野は前のめりに倒れ込んで痙攣している。

 確かに右腕を鮮血に染めながら下卑た笑みを浮かべているのはアンコック将軍だ。

 だが声と言動に違和感がある。


「お前……永田だな?」


「ご名答、さすがひろみちゃんだ」


「馬鹿な!! お前は配役上この特撮の世界には存在できない筈では!?」


「へぇ、そんなことまで知っていたんだ? これは参ったね」

 

 そうは言うが永田は全く困っていなさそうだった。


「そう、君の言う通り僕はヒカリオンにおいては登場人物としてこの世界には登場できない、この世界の創造神であるのにもかかわらず、だ……でもね、いい方法を思いついたんだよ、元々いる役の中身を乗っ取るっていう最高にクレバーな方法をね」


「じゃあアンコックの、英徳さんの身体を乗っ取ったというんだな?」


「そう、その通り……この鍛えられた肉体、まるで軽自動車からスーパーカーに乗り換えたかのような気分だよ」


 今どきスーパーカーなんて言ってどれだけの人間が分かると言うのか、例えが古すぎる。


「ふざけやがって!!」


 愛情が無くなったとはいえ協力を申し出ていた日比野をいいように使い潰し、最終的には切り捨てる……例え俺とは偽りの友好関係だったとしても日比野さんがここまでされるのを目の当たりにして黙っていられない。

 沸々と怒りが湧き、眩暈がするほどの憤りを覚えた。

 既に知っていた事だがこの吐き気がするほどの自己中心的な思考、この永田という男をこのままにしておいてはいけない。

 やっと身体の自由も戻ってきたところだ、ここで決着を着けてやる。


『ヤミージョ!!』


「ヤミージョ様!!」


 丁度良い所にタソガレ、トラタイガーとダークマンたちが俺の後ろに駆け付けた。

 心強い援軍だ。


『こいつはアンコックなのか?』


「ああ、見た目はそうだが中身は違う……こいつはこの世界の敵だ!!」


『そうか……』


 タソガレが背中の大剣を抜いた。

 ダークマンたちも空気を察して誰一人アンコックに与する者は一人もいない。


「やれやれ、多勢に無勢か……でもね、僕にはこんなことも出来るんだよ」


 アンコック永田の目が赤く怪しげに光る。

 何のつもりだ? 何も起こらな……。


「グワアアアアアッ!!」


 後ろにいたダークマンの約半数が突然暴れ出し仲間に襲い掛かったのだ。

 あっという間に仲間割れの大乱闘が巻き起こってしまった。


「お前、一体何をした!?」


「おや、知らなかったのかい? アンコックにはダークマンの意識を強制的に奪って隷属させる特殊能力があるんだよ……ただ僕が不慣れだったから全員を操るまでにはいかなかったけれどね、でもこの場を混乱させるには十分だろう?」


「この腐れ外道がぁ!!」


「おいおい、その可愛い顔でそんな汚い言葉を使わないでくれるかい?

 折角の百年の恋も醒めるってものだよ、僕と結婚したら直してもらうからね」


 こちらの激昂に対しても意に介さずのらりくらりと宣う永田に俺の堪忍袋は盛大にブチ切れた。


「わあああああああっ!!」


 俺は愚かにも何の策も持たずにアンコック永田に向かって飛び掛ったのだった。

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