第18話 大混乱のその先に


 俺が振り下ろした鞭を難なく片手で受け止めるアンコック永田。


「お前の勝手な欲望のせいでどれだけの人間が被害を被ったと思ってるんだ!!」


 間髪入れず鞭を振り回すがことごとく永田にかわされてしまう。


「おかしいんだよねぇ……」


「何がだ!?」


 身体を逸らしながらとぼけた言動の永田。

 一体何がおかしいと言うのか。


「僕はわざと採石場の落盤を起こしてそれに乗じてこの世界を造り上げた訳じゃない?

 僕の予想では新たに出来上がった世界の中でみんな特撮番組としてのヒカリオンの登場人物になり切って何の疑問も感じずに役を演じるはずだったんだ、それがいざ蓋を開けると君だけが僕の力の支配を撥ね退けて自我を保っている……これがどうにも腑に落ちないんだよ」


「知るかそんな事!!」


 そうさ、そんな事を俺に聞かれたって答えられるはずが無いだろう、こっちが聞きたいくらいだ。

 なにせあの落盤事故の前後も俺の記憶は繋がっていたのだから。


「だからもう一つ新たに世界を造ってもう少しだけ僕の力が強く作用する様にしたんだけどそれでも君は未だに君のままだった……これはもう君には僕の力が及ばないと考えるべきなんだろうね」


 あの悪夢のような結婚式が行われた世界の事か。

 確かに俺はウエディングドレスに着替えさせられたりはしたが、精神の支配まではされなかった。

 ならば永田が言う通り俺にだけ永田の力が及ばない何かしらの力が宿っているのかもしれない。


「それならそれでやり方を変えるまでだよ!!」


 一瞬の隙を突いて永田が俺の右手首を掴んだ。


「しまった!!」


「じゃじゃ馬な君に誰がご主人様か分からせなければならないから……ね!!」


 俺は永田に腕を掴まれたまま持ち上げられ、そして地面に叩きつけられた。


「ぐはぁっ……!!」


 叩きつけられた背中に激痛が走った。

 何て力だ、英徳さんの鍛え上げられた身体を更に改造して強化した攻撃力だから当然だ。


「さあ次々行くよ!! 君が僕をダーリンと呼ぶまで叩きつけるのを止めないからね!?」


「ぐはっ!!」


 宣言した通り永田は俺をまるでおもちゃのように何度も何度も持ち上げては叩きつけた。

 苦しい……息が出来ない……。


『やめろーーー!!』


 割って入ったタソガレが大剣を永田に向けて振り下ろすが、これも簡単に開いている方の手で受け止められてしまった。


「今いい所なんだから邪魔するなよ」


 まるで煎餅でも砕くかのように容易く大剣を握りつぶしてしまう永田。

 何て握力だ。

 そしてすかさずタソガレの腹に鋭い蹴りを入れる。


『グウッ……』


 後ずさるが何とか持ちこたえるタソガレ。


「私もいるガル!!」


 トラタイガーが両腕の鋭い爪を振りかざし永田に襲い掛かる。


「しつこいね君たちも、お呼びじゃないのがまだ分からないのかい?」


 永田は胸を張り、自ら爪を胸で受けた……すると何とトラタイガーの爪がへし折れたではないか。


「何っ!?」


「そんな爪楊枝のような爪で僕をどうにか出来ると思ったのかい?」


「グワッ!!」「きゃああっ!!」


 永田は俺をトラタイガーに向かって投げつけた。

 俺の身体に当たり、跳ね返ったせいでトラタイガーは更に後方の森の奥まで突き飛ばされていった。


「おっとゴメンゴメン、つい頭に血が上ってしまった……大丈夫かいひろみちゃん?」


「くそっ……」


 俺たちをまるで赤子の手を捻る様に楽々とあしらいやがって。


「君が『私は永田さんのお嫁さんになります』って言ったらお仲間の命は保証するけどどうする?」


「タソガレ!?」


 何と永田は片手でタソガレの頭を兜ごと握り締め持ち上げている。

 しかもビキビキと何かが割れる音が聞こえる、タソガレの兜が割れているのだ。


「あとちょっと僕が力を込めたらこのタソガレ君の頭はスイカ割りみたいに砕け散るだろうね」


 そう言いながら永田が少しだけ掌に力を籠めるとタソガレの兜の細かい破片が飛び散った。


『グワアアアアッ!!』


 苦し紛れにタソガレが蹴りを永田の胸にお見舞いするが全く動じない。


「足癖が悪いね、大人しくしなよ」


 永田がもう一方の手でタソガレの大腿部に手刀を振り下ろすと脚はあらぬ方向へと曲がってしまった。


『アアアアアアッ!!』


「やめろーーー!!」


 くそっ、もう見ていられない。

 俺のせいでみんなが傷付くなんて。


「止めてほしかったら分かってるよね? はいどうぞ」


「わっ……私は……永田さんの……よよよ嫁に……」


『やめろ……ヤミージョ……』


「でも!! こうしないとタソガレが!!」


『そうだ!!そんな奴に従う事は無いぞ!!』


 そこへ地面から響く大声が聞こえてくる、この声の主は?


『私だ!! ダークマスターだ!!』


 大地を切り裂き蝙蝠を象ったレリーフが飛び出す……あれは玉座の間にあったダークマスターの声が聞こえてくるあのレリーフじゃないか。

 レリーフは俺たちの元まで飛んできて着地すると変形して人型になった。


『我こそがダークマター総帥、ダークマスターである!!』


 蝙蝠を象ったマスクで腕を組む怪人、これがダークマスター本人なのか?


「次から次へと湧き出て来て僕の邪魔をするなんて、一体どうなっているんだい?」


 どうやらこれは永田も予想外だった様だ。


『アンコック!! この裏切り者めが!! 総帥である我が直々に引導を渡してくれるわ!!』


「いい加減ウンザリなんだよ!! 死ねや!!」


 事がスムーズに進まないからか永田が急にキレはじめた。

 永田と総帥、両者は激しく激突する。


「今の内にタソガレを……」


 俺はおぼつかない足取りで永田から解放され倒れているタソガレに歩み寄った。


「大丈夫かタソガレ!! って……ええっ!?」


 気絶したタソガレの上体を抱き起すと兜が完全に割れて落ち、彼の素顔が露になった……しかもその顔に俺は物凄く見覚えがあった。


「芳乃!?」


 何とタソガレの正体は俺のスーツアクターの同期、瀬川芳乃であったのだ。

 俺の元の記憶からは彼女の事は消えてしまっているが、幸いにも第三の世界で彼女と会っているので認識できた。

 しかし一体これはどうした事だ? 以前俺の傍付きをしていたダークマン3号が佐次さんそっくりだったことからタソガレの正体が彼では無い事は予想は付いていたが、まさか芳乃がそうだったのは全くの想定外だった。

 可哀そうに芳乃は頭から血を流している、永田に頭を握られた際に血管が破けたのだろう。


「芳乃!! 芳乃!! 聞こえるか!?」


 俺は芳乃の頬を叩き呼び掛ける。


「う……ん……あれ? ひろみ? その恰好、撮影?」


「ゴメン、今は詳しく話せないんだ、一刻も早くここから離れよう!!」


「わかったんよ……」


 まだ意識がはっきりしていない芳乃を背負い、俺たちは森の中を進む。

 こちらはトラタイガーが飛ばされていった方角だ。


「居た、おいトラタイガー無事か?」


 案外すぐに見つかった、軽くつま先でつついてみる。

 すると彼のトレードマークである虎模様の毛皮がズルリと剥がれ落ちたではないか。


「ひっ!! って、あれ?」


 皮が剥がれたことで肉が見えるかと思って警戒したが、中から人の顔が見える。


「……ひろみ……彼って……」


「ああ、佐次さんだな……」


 今度はトラタイガーの中から佐次さんが出て来たではないか。

 なるほど、これで合点がいった……3号に俺がこの世界の謎を教えた直後に彼は失踪し、その直後に怪人になりたてというとネコキャットが現れた。

 今思えばあの時3号は基地に戻ったが、挙動不審の為記憶を消され怪人に改造されてしまったのではないか。

 そう考えれば全てのつじつまが合う。

 そして3号は佐次さんに似ているにではなく本当に佐次さんだったのだ。


「悪い芳乃、ちょっとそこで休んでいてくれ」


「うん」


 俺は一旦背中から芳乃を降ろし木に寄り掛からせた。


「佐次さん!! 佐次さん!! 起きてください!! 佐次さん!!」


 再び頬をペシペシ、やがて佐次さんは目を開いた。


「………」


「良かった……分かりますか? 俺です蜂須賀ひろみです」


「ああ……」


 相変わらず佐次さんは無口だな。

 でもこれでこそ佐次さんだ、あの3号のチンピラの舎弟みたいなキャラは断じて佐次さんではないからな。


「寝起きのところ悪いんですけどここを移動します、歩けますか?」


「ああ、大丈夫だ」


「では行きましょう」


 再び芳乃を背負い俺たちは森からの脱出を図る。

 奥が明るい、もう少し行けば開けたところに出そうだな。

 生い茂る草を撥ね退けやっと森から出ることに成功する。


「遅かったね」


「永田!?」


 総帥の生首を鷲掴みにして仁王立ちしていたのはアンコック永田であった。

 

「君たちよりは歯ごたえがあったけど今の僕の敵では無かったよ」


 総帥の生首をこちらへと放り投げる。

 ゴロリと転がる蝙蝠を模した頭。


「何あれ……英徳さん?」


「ああ、見かけはそうだけど中身は永田……監督だ」


 奴の事を監督と二度と呼びたくなかったが、芳乃と佐次さんに説明するためには仕方がない。


「あれ? まさか……芳乃ちゃんと佐次君まで自我を取り戻しちゃったのかな?

 う~~~ん、それは想定外だねぇ」


「ははっ、どうしたんだ? そろそろその削世界創造の力にボロが出始めたんじゃないのか?」


「そんな事で僕を動揺させられると思ったのかい? 二人の記憶が戻っても状況は何一つ変わっていないんだよ?」


 むっ、確かに。

 

「ちょっと、ひろみ!! これは一体どうなってるんよ? 説明を要求します!!」


「ウム……」


「ちょっと待ってくれ二人とも!! 今それどころじゃないんだって!!」


 まずいな、目が覚めて訳が分からない展開になっていれば当然事情を知りたくもなる。

 だが今はそんな事を悠長に説明している時間がない。

 今まさに命の危機が迫っているのだから。


「混乱しているようだねお二人さん……でもね、君たちもひろみちゃん共々こちらの世界に連れ込めば何も考えなくてよくなるよ」


 永田が右手を掲げるとその上方に空間の裂け目が現れた。


「まさか……」


「そう、そのまさかさ……あちらの世界に行けばもう君はただの女の子になってしまうんだよ」


 確かに第三の世界と俺が呼んでいる世界に連れて行かれたら、元の世界に近いあの世界では特撮はただの空想の産物だ。

 変身も出来なければ超人的な力を発揮する事も出来ない。


「さあ、僕たちの未来の為に一緒に新世界へ行こう!!」


 空間の裂け目が渦を巻き始めた……周りの草木を吸い込み始めている。

 このままでは俺たちもあの穴に吸い込まれてしまうだろう。


 くそっ、ここまでなのか?


「馬鹿野郎!! 諦めるな!!」


 意気消沈していた俺たちの後ろから叫び声がする、振り向いたそこに居たのは……。

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