第16話 裏切りの愛憎劇


 朝からスマホに着信があった、日比野さんからのメールだ。


『おはよっ、ひろみちゃん。

 ヒカリオンのスーツがパワーアップしたわ。

 あたしたち二人のスーツの二倍だから実質、元のスーツの三倍の性能よ。

 そしてもう一つ、秘密兵器の開発に着手しているの。

 あなた方ダークマターもそれなりの戦力増強をしておいて頂戴。』


 元の世界のヒカリオンの撮影から約一年が経とうとしている。

 そろそろヒカリオンとダークマターの雌雄を決する時が来たという事か。

 しかし日比野さん、秘密兵器としか書いてくれないとこちらとしてはどう対処したらいいか分からないな。

 スーツのパワーアップは最近の戦隊によくある展開だ、新たな変身アイテムを登場させてその玩具を販売するためだ。

 パワーアップはレッドだけだったり全員だったりと複数パターンがある。

 そして前から疑問に思っていたのだが、ヒカリオンには戦隊もののお約束としてある重要な要素が無いのだ。

 それは巨大ロボの存在……戦闘機や戦闘車両、機関車など複数のメカが合体するアレだ。

 当然これも玩具販売が目的だ、しかも追加のメカが腕や武器となって機体の一部と交換遊びが出来るという代物だ。

 最近は食玩でも販売される事がある。

 食玩である以上小さなガムやラムネが入っているが、おまけの方が大半を占めるため最早どちらがメインか分からなくなっていたりする。

 おっと、話しが脱線した、これは真黒以蔵にそれとなく指示を出さなければならないな。

 さっそく俺はヤミージョへの変身を済ませ、自室を出てドクター真黒以蔵のいるラボに赴いた。


「ドクターはいるか?」


「はい、ここに」


 真黒以蔵が何やら怪しげな赤い液体が入ったフラスコを持って俺の前にやって来た。

 フラスコの液体はボコボコと常に泡が弾けており、見るからに危険な見た目をしていた。


「それは何だ?」


「はい、これは怪人を巨大化させる薬でございます」


「巨大化……」


「以前お渡しした怪人の強化薬と同様、絶命直後の怪人に投与すれば立ちどころに十階建てビル相当の巨大な姿に早変わりですじゃ」


 遂に来たか、これは先ほど俺が考えていた巨大ロボ登場のフラグ。

 怪人が巨大化して暴れれば対抗策としてヒカリオン側も巨大ロボを出さざるを得ないからな。

 ただその怪人の巨大化について大きな問題がある。

 現在ダークマターにいる怪人はネコキャット改めトラタイガーの一体のみ。

 必然的に彼にこの巨大化薬を使う事になってしまうことだ。

 トラタイガーを死なせることを良しとせず何とか今まで生かしてきたのに、ここに来てそれが悩みの種になってしまうとは何たる皮肉。

 ドクターが言った強化薬だって結局使わず仕舞いだった。

 例え新たに怪人を製造したかと言ってこの葛藤は変わらない。


「容器に詰め替えました、どうぞお持ちください」


 ドクターから例のアンプル容器に詰められた巨大化薬を受け取る。


「………」

 

『悩んでいるのか?』


 珍しくタソガレの方から俺に話しかけてきた。

 

「タソガレ? なっ、何を言っているそんな訳があるか」


『嘘を言うな、顔に出ているぞ』


「うっ……」


 そんなに俺は神妙な顔をしていたのか? タソガレに察せられるほどに?


『ヤミージョ、本当にお前は変わったな……以前のお前なら平気でダークマンや怪人を使い捨てて来たのに、今のお前ときたら部下思いの良い幹部になった』


「そんな事は……無いだろう……」

 

 タソガレに褒められ俺は恥ずかしくなり思わず口籠る。

 そう言ってくれるのは嬉しいが、それって悪役としてはどうなんだ?


「そうですよ、最近のヤミージョ様の的確な指示でダークマンに死者は出ていません!!」


「ありがとうございます、ヤミージョ様!!」


「ありがとうございます!!」


 ダークマンたちの俺、いやヤミージョへの感謝の声が次々と上がる。

 止めてくれ、俺はお前たちの為にやったんじゃない、結果的にそうなっただけで全ては俺が元の世界に戻るためにやった事なのだ。

 俺はとても後ろめたい気持ちになってしまった。


「ヤミージョ様、だから私が倒された時は遠慮なくその薬を使ってくださいガル」


「トラタイガー、お前……」


 こいつ、又しても自分の命が使い捨てられるのを知りながらそんな事を……。

 俺は感極まってトラタイガーにしがみ付いていた、虎の毛皮がもふもふで肌触りがいい。

 だがトラタイガーの決断は嬉しいが出来ればこいつを犠牲にはしたくない。

 まだ僅かながら時間はある、その間に何か妙案が浮かぶかもしれない。

 俺は落ち込んでいた気持ちを奮い立たせ決意を新たにした。


「きっと次の戦いが光と闇の雌雄を決することになる!! みんな心して掛かれ!!」


「ウオオオオオオオオオ!!」


 全員で雄叫びを上げる、ダークマターの一体感が強まったのを感じる瞬間だった。

 所が次の瞬間、激しい地揺れが起きその場にいた全員がバランスを崩す。


「何事だ!?」


「報告します!! ヒカリオンがダークマター基地を急襲!! 甚大な被害を受けています!!」


「何!?」


 何て事だ、正義の味方の方から悪の秘密基地に攻めて来るなんてそうそう有る事ではない。


「総員基地から退避!! 地上へ出るのだ!!」


 俺は一人皆と反対方向の通路へと向かおうとするが、タソガレに腕を掴まれ引き留められてしまった。


『ヤミージョ、どこへ行く?』


「私はヒカリオンを食い止めてみんなの避難の時間を稼ぐ!!」


『なら俺も行こう、お前ひとりでは碌に時間を稼ぐ事も出来ん』


「……分かった、一緒に来てくれ」


『ウム』


 俺とタソガレは階段を上り切り外へと出る、森の中の広大な平地にヒカリオンとヒカリマゼンタが待ち受けていた。


「何故我らの基地が分かったのだ!?」


 俺の疑問に対してヒカリマゼンタが口を開く。


「あら、そんなの分かり切ってるじゃない、あなたに発信機を着けていたのよヤミージョ……いいえヒカリヴァイオレット……う~~~んそれも違うわね、そうでしょう? 蜂須賀ひろみちゃん」


「なっ……」


 何だ? 日比野さんは一体何を言っているんだ?

 役者のプライベートについて本編で話すのは特撮のやり取りとしてはご法度だろう。

 何故彼女が今になってこんな言動をするのか理解に苦しむ。

 混乱で頭が働かない。

 これではまるで……。


「騙し打ち……そう思ったでしょう? でもあなただってやっていることは変わらないじゃない……あたし達はダークマターを滅ぼす為なら手段を択ばないわよ」


「卑怯だぞ!! 俺とあんたは同じく元の世界の記憶を持った者同士として世界を元に戻すために協力を約束したんじゃなかったのか!?」


 もうヤミージョを演じている場合ではなくなった。

 恐らく日比野さん、いや日比野も役を演じる気はさらさらないのだろうから。


『おい、お前たち……先ほどから一体何お話しをしているのだ?』


 俺の傍らでタソガレが困惑しているが、悪いけどそれ所では無いんだ。


「では今までの俺とのやり取りは芝居だったって事ですか?」


「勿論そうよ、だってあたしはそもそもこの世界におけるあの人のエージェントですもの」


 あの人……永田の事だな。


「そういえばあなたは永田とは古い付き合いなんでしたね」


「そうよ、あたしがスーツアクターになりたての時に取り当ててもらってね……そしてこんなあたしを認めてくれた初めての人、女として愛してくれた人なのよ」


 そうだったのか、人の恋愛観に口を出す気は無いが二人はそういう関係だったのはよく分かった。

 だがそれならそれで俺には疑問が一つ湧いた。


「じゃあ永田はなんだって俺を嫁になんてしようとしたんだ? あんたって人がありながら……」


 俺の質問を聞いた途端、日比野から俺は全身が総毛だつような感覚を憶える。

 これは殺気だ、それもこれ以上ないって程の特上の。

 だがすぐにその殺気はかき消され彼女はいつもの調子で口を開いた。


「あの人がヒカリオンのキャストを決めていた時の事よ、役者の候補のプロフィールを見ていた時にひろみちゃん、あなたを見つけてしまったのよ

 それからあの人はあなたにぞっこんでね、すぐにヤミージョのデザインを変更して既に決まっていた役者を外してあなたをそこに当てたわ

 当然嫉妬したわよ、あの人の心があたしから離れて行くのを感じたわ

 でもあたしはあの人から離れたくなかったの

 そしてあなたを自分のモノにするべくあの人はあたしに協力するよう迫って来たのよ、自分には世界を創造する力があるんだと言われた時はさすがに驚いたけどね」


「そうか、最初からあんたと永田はグルだったという事か」


「フフフッ、でも面白かったわよあなたの行動は……身体を女にされてしまったというのにまるでそれを愉しんでいるかのようで……あなたもあたしと同じこちら側の人間だったのね」


「ちっ、違う!! 女らしく振舞っていたのはこの世界が俺の勝手な行動でおかしな方向に行かない様にヤミージョ役を演じていただけだ!!」


「ふ~~~ん、どうだかね」


 一瞬、何時ぞやの幼少期の頃の夢が頭を過ぎった。

 動揺している俺の胸を日比野の蔑むようないやらしい眼差しが射抜く。

 まるで俺の全てを見透かしている様だ。


「まあいいわ、話しを戻しましょう……自分の作った世界だというのに配役に無いせいで自らこの特撮の世界に存在できないあの人の代わりにあたしがあなたを捕まえに来たって訳よ、観念なさい」


「あんた、それでいいのか? 自分の愛する人が別の人間にうつつを抜かすのを黙ってみているのか? いや、そうじゃないな、永田はあんたを利用するだけ利用して捨てたのにまだあんな奴に尽くすのか?」


「お黙り!! あなたにあたし達の何が分かるっていうの!? 若くて可愛いあなたにあたしの気持ちなんて分からないわ!!」


「あーーー、分かりたくも無いね!! 能力を使って一方的に意中の相手を手に入れようとする人間とそれに組みする人間の事なんかな!!」


 こうなれば売り言葉に買い言葉だ、俺も溜まりに溜まったフラストレーションをこの場を借りてぶちまけさせてもらうぜ。


「キーーーーッ!! 言わせておけば!! ヒカリオン達!! あいつを捕まえて!!」


「はい……」


 日比野の命令に従うヒカリオン達はどこか虚ろでまるで操られているかの様だ。

 ヒカリソードを手見握り、ジリジリとこちらに向かって歩いてくる。

 そしてある程度の距離まで近づくと無言のまま猛然と襲い掛かってきた。

 俺は鞭を握り締め臨戦態勢に入ったが、そこで俺とヒカリオンの間にタソガレが割り込んできた。


「タソガレ?」


『何が何やらさっぱり要領を得ないがとにかく戦えばいいのだろう?』


「そうだ、今日で決着を着けるつもりで暴れていいから」


『心得た』


 タソガレは俺を一瞥するとヒカリオン達に向かって駆け寄り自慢のロングソードを振るった。

 

「私も助太刀するガル!!」


「お前……」


 トラタイガーも駆け付けてくれた。


「俺たちだっていますよ!!」


 ダークマンたちも大挙として押し寄せる。

 お前ら、避難したんじゃなかったのか。

 平原は一瞬にして決戦の場へと変貌していった。


「くっ……何なのこいつら……」


 日比野は動揺を隠せない、数と団結力の差でダークマターが優勢なのだ。

 タソガレが、トラタイガーが、戦闘員のダークマンたちでさえ本来の力以上の力を発揮しヒカリオンを追い詰める。

 日比野に操られて本領を発揮できないヒカリオンは後退を余儀なくされた。

 どうだ恐れ入ったか、俺たちの強い絆の力……って悪役には縁遠い言葉だな。


「こうなったらメカ戦よ!! 来なさいヒカリマシン!!」


 日比野の声に反応して上空に五機の巨大なマシンが飛来する。

 その中には俺も見た事がある真っ赤な機体、ヒカリフェニックスもあった。

 ヒカリオン達はそれぞれ自分と同じ色のマシンに驚異の跳躍力で飛び乗った。


「さあみんな!! ヒカリドッキングよ!!」


 黄色い機体、ライオン型のヒカリライガーが首を折り曲げ直立する。

 緑色の機体、獣型のヒカリオルトロスが二つある頭の間から胴体が二つに分かれ、頭を起点に胴体部が立ち上がり二本のパーツになりヒカリライガーの下部に突き刺さる。

 青い機体、鮫型マシンヒカリシャークが先ほどのヒカリライガーの身体を横から突き抜け頭と尻尾が左右に飛び出た状態で固定される。

ピンクの機体、ヒカリコンドルがヒカリライガーの背面にドッキング。

 最後に赤い機体、ヒカリフェニックスが上からヒカリライガーに覆いかぶさるように接続、ヒカリシャークの口から右の拳、尻尾から左の拳が飛び出し、ヒカリフェニックスの嘴が持ち上がるとその中に顔が出現する。


「完成!! ゴッドヒカリオン!!」


 後光を背負い、派手なカラーリングの巨大ロボが舞い降りると辺りは地響きで激しく揺れる。

 俺を含めダークマターの連中は立っていられなくなりその場で倒れ込む。


「くそっ……やっぱり現れたか巨大ロボ!!」


 合体後のフォルムは王道中の王道……背中から羽根が生え、胸や足首の先など各所に動物の顔があり中々にカッコイイ。

 だが初めて原寸大の巨大ロボを足元から頭のてっぺんまで舐めるように見上げ、そのあまりの大きさに絶句する。

 一体何十メートルあるんだこのロボは? こんな巨大なロボに襲われたら生身では一溜りも無いぞ。

 ならばこちらの対抗手段である怪人の巨大化で対抗するしかない。

 しかしトラタイガーを犠牲にしなければいけない事を考えるとどうしても踏み切れない俺がいる。

 何か他に方法は無いのだろうか? 俺は決断を迫られるのであった。

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