第15話 少女だった頃


 「はい、出来たわよひろみちゃん、とっても可愛いわ」


「わぁ、ありがとうのぞ姉!!」


 幼少の頃、ピンクのワンピースを着た俺の髪を両サイドでリボンで結びピッグテイルにするのぞみ姉さん。

 鏡の前で顔を左右に振ると髪がぴょんと揺れるのが嬉しかった。


 俺には二人の姉がいる、八つも年上の我が家の長女のぞみ姉さん。

 サラサラのロングヘアーの彼女は身内の俺から見てもとても可愛らしく、見た目に違わずおっとり系で優しかった。

 特にフリルやレース、リボンを多用したお姫様的なファッションを好んでおり、よく自分のお下がりを俺に着せてくれていた。

 

「のぞ姉!! またひろみに女の子の恰好をさせて!!」


「あら、いいじゃない、こんなに可愛いんですもの」


「そういう事じゃなくて、このままだとひろみが大変な思いをするのよ!?」


 めぐみ姉さんに食って掛かっているのは五つ年上の次女ともみ姉さんだ。

 彼女はのぞみ姉さんとは真逆で男勝りで身体を動かすのが大好きなショートカットのボーイッシュ、俺に少女趣味の恰好をさせるのぞみ姉さんとよく揉めていた。

 

「ほら、ひろみもいつまでものぞ姉のされるがままになってるんじゃないよ!!」


「痛い痛い!! やめてよぅ!!」


 ともみ姉さんが俺の髪を結んでいるリボンを乱暴に解こうとする。


「やめなさいとも!! ひろみが痛がっているでしょう!?」


 慌てて俺を自分の胸に抱き込むのぞみ姉さん、やっぱりのぞみ姉さんは優しいな、それにいい匂いがする。


「何よ!! もう知らない!! 勝手にすればいいわ!!」


 ともみ姉さんはヒステリーを起こしその場から走っていった。

 何だろう、今ともみ姉さんの目元から光るものが飛び散った気がする。


「怖かったね、いいのよひろみは今のままで……可愛い子は可愛い恰好をしていればいいの」


「うん、僕、可愛いお洋服もリボンもだーーーーい好き」


「うふふ」


 この頃の俺は事の重大さを深く考えることもせず、いつものぞみ姉さんにべったりだったのだ。


 そして俺がその恰好をしたまま公園で遊んでいた時の事、のぞみ姉さんが俺の傍を離れていた時だった。


「ひろみ、お前男なのにスカートなんて履いてんのか?」


 近所の男子たちが砂場で遊んでいる俺の前に群がった。


「えーーー? 気持ち悪い奴だな」


「本当は女なんじゃねぇの? ちょっと確かめてみようぜ」


 男子の一人が俺のスカートを掴み、力いっぱい捲り上げたのだ。

 リボンの付いた女児用のパンツが露になる。


「きゃああっ!! 止めてよ!!」


「こいつ、男なのにきゃあだって!!」


「それに女のパンツ履いていたぜ!! 気持ち悪い!!」


「やーーーい!! 女男!! オカマ野郎!!」


「うっ、うわああああん!!」


 男子たちの罵声に耐えられなくなり俺は泣き出していた。


「こら!! 私の弟になにしてんだ!!」


 いじめられている俺を助けに入ったのはともみ姉さんだった。


「うわっ!! 男女!!」


「誰がゴリラだってーーー!?」


「うわああああっ!!」


 誰もそんな事は言っていない。

 ともみ姉さんはその場にいた男子たち全員にゲンコツをお見舞いし、逆に泣き叫びながら男子たちは逃げていった。


「ありがとうとも姉……ぐすっ」


「どう、思い知った? 男の子が女の子の恰好をしたらどうなるか」


「どうして? どうして男の子はスカートを履いたらいけないの? 女の子はズボンを履いても何も言われないのに」


「どうしてって……そんなの私にもわからないわよっ!! でも世の中そういう事になってしまっているの!!」


 不機嫌そうにともみ姉さんは言い放つ。

 ともみ姉さんも答えられないんだ、俺に分かるはずがない。


「じゃあ僕、女の子になる!! そうすれば可愛い恰好をしてもいいんだよね?」


 この頃の俺は素でこういう事を平気で言っていたんだな。


「バカ!! そんな事、絶対友達や父さん母さんの前で言うんじゃないよ!?」


 その時のともみ姉さんの顔が物凄く怖かったのを記憶している。

 だけどただ怖いだけではない、真剣に俺の将来を心配しているのは伝わってきた。

 そのお陰もあって俺は考え直し、もう女装をネタにいじめられるのはご免だ、もう女装はしない、と心に決めた。

 それを伝えるとのぞみ姉さんは悲しいような淋しいような複雑な表情をしたが、今までゴメンねといってそれ以降俺に女装をさせようとはしなかった。


 それから俺はともみ姉さんと行動を共にする事が多くなった。

 一緒に身体を動かす事で俺の身体能力はめきめきと上昇し、ついには学校のクラスで一番のスポーツマンになっていたのだった。


 いま思い起こすとのぞみ姉さんはともみ姉さんがこんな感じだったから同じ女の子同士おしゃれを一緒にしたかったのにそれが叶わず、だから俺に女物の洋服を着せていたのかもしれないな。

 結局、大人になった今でも確かめてはいないのだが。


 その後も俺は意識して男の子向けの漫画やアニメ、特撮番組を履修し今に至る訳だ。


「………」


 俺はベッドの中で目を覚ます。

 永田の余計な言葉のせいで自ら忘れようとしていた過去を夢に見てしまった。

 なるほどそうか今なら分かる、なぜ俺が意図せず女性の仕草が出来るのかを。

 それは幼い頃に根付いた女性への憧れ、自分自身が女になりたいと思っていた心の奥に封じ込めた記憶が知らず知らずのうちに表に出ていたのかもしれない。

 これでは俺にその気がないと永田に対して胸を張って言えないではないか。

 いや、これは過去の事だ、今の俺は違う。

 いつまでも囚われてはそれこそ奴の思う壺、気持ちを切り替えていこう。


「ダークチェンジ!!」


 ヤミージョのコスチュームを身に纏い作戦室に向かう。

 

「準備は出来ているか?」


「はい、改造は終わっております」


 ドクター真黒以蔵の傍らのベッドには怪人が横たわっている。

 

「今回は虎の要素を取り入れましたので名をトラタイガーと変更いたしました」


「そうか」


 トラタイガーが目を覚ます。


「ガルル……ニャミージョ様おはようございますニャ」


「おい、お前はもうネコキャットでは無いんだぞ、その語尾は止めなさい」


「はっ、これは失礼しましたガル」


 ガルって……まあいいや。

 察しの通りトラタイガーはネコキャットを改造した怪人だ。

 外見的違いは虎特有の縞模様が身体の各所に入ったくらいでそんなに変わっていない。

 実はあの永田の嫁にされそうになった第三の世界から帰還してから約三か月が経とうとしていた。

 その間何度もヒカリオンと対戦してはネコキャットは重傷を負い、その度に改造を受け今の姿に至る。

 トラキャットになるまでスナネコキャット、マーゲイキャット、カラカルキャット、サーバルキャット、と改造を受けてきたがことごとく敗北してきた。

 何故新しい怪人を造らないか、それは単に俺の我が儘だ。

 ドクターには何度もそう提言されていたが、俺はどうしてもこのネコキャットという怪人を使い捨てる気になれなかった。

 自分でもどうしてなのかは分からない。


「すぐに出撃するわ!! 準備なさい!!」


「はいガル!!」


 もう何度目かの転移しての出撃、しかも人の集うところへ出かけては適当に暴れまわるルーティンワーク。


「そこまでだダークマター!!」


 そしてお約束のヒカリオンの登場。


「現れたなヒカリオン!! トラタイガーよやってお終い!!」


「ガルル!!」


 数分後。


「グリッターフォーメーション!!」


「グワアアアアアッ!!」


 これまたお約束の必殺技フィニッシュ。

 爆発に巻き込まれるトラキャット。


「おのれ!! この雪辱は必ず晴らす!!」


 俺はトラタイガーを助け起こすと捨て台詞を残し一旦退場する。

 と言っても基地には戻らず近くの建物の陰に移動するのだ。

 それは何故かと言うとこの後に新たなパターンが出来てしまったからだ。


「フハハハハッ!! 今度は俺が相手だ!!」


 アンコック将軍が颯爽と登場、ヒカリオンに戦いを挑む。

 いつの間にか奴の登場が番組のひとつの定番と化してしまっていた。

 しかも相変わらずの強さで毎回いい所までヒカリオン達を追い詰めてしまうから質が悪い。


「仕方ないなぁ、ヒカリチェンジ!! ヴァイオレット!!」


「行ってらっしゃいガル」


 トラタイガーの目の前で堂々とヒカリヴァイオレットに変身する俺。

 こいつには既に正体がばれてしまっているので今更隠しても仕方がないのだ。


「お待たせ!!」


 ヒカリマゼンタも駆け付ける。


「新たなる二つのヒカリ!! ヒカリオンキューティーペアー!!」


 ヒカリヴァイオレットとヒカリマゼンタのコンビをこう呼ぶことになった、女性ヒーローの二人組だからだそうだ。

 名付け親は日比野さん、どこかノスタルジーを感じるネーミングである。


「行くわよマゼンタ!!」


「オーケーヴァイオレット!!」


 俺と日比野さんは手を繋ぎ走り出す。


「ヒカリオンマーブルスパイラルアターーーーック!!」


 掛け声とともに勢いよく跳躍、俺たちは紫と紅色の光と化し混ざり合うように螺旋を描きながら突進する。


「グワアアアアアッ!!」


 アンコック将軍の身体を突き抜け後、元の姿に戻り着地、ポーズを決めると奴は大爆発を起こす。


「グウウウッ……覚えておれよヒカリオンキューティーペア!! 次こそは必ずお前たちを葬ってやる!!」


 腹に穴が開いていても死なないとは恐れ入る。

 そう台詞を残してアンコックは姿を消した。

 ここまでが最近のストーリー展開のパターンだ。

 ここの所延々とこれを繰り返しているのだった。




「ふう……」


 一仕事終え、俺は自室のベッドに大の字で倒れ込む。

 作戦とは言えこの代わり映えしない生活に若干飽きが生じてきた。

 では作戦とは何か、それは再び三か月前に遡る。




 俺は第三の世界で起こった事を出来るだけ詳しく日比野さんに話した。

 場所は喫茶エトランゼ、以前パンケーキを食べた場所だ。

 今日はフルーツたっぷりのジャンボフルーツパフェを注文している。

 目の前には冗談みたいな大きさのグラスに盛られた生クリームとフルーツの怪物が鎮座している。


「あらぁ、ここに来て急展開ね、びっくりだわ……」


 ちょっとやそっとじゃ動じない日比野さんが珍しく驚いている。

 無論パフェのボリュームにも。

 早速二人してパフェに独特の柄の長いスプーンを差し入れる。


「まさかあの永田が世界を造りだす力を手に入れていたなんて俺もびっくりしましたよ……しかも俺を嫁にするためだけに新たにもう一つ世界を造ったんですよ?」


「ひろみの花嫁さん姿をあたしも見たかったなぁ……」


「あっ、日比野さん他人事だと思って面白がっているでしょう!!」


「やあね、そんな事無いわよ」


 ニタニタと口角に笑みがこぼれている。

 絶対に面白がっているなこれは。


「でもこれでこのおかしな世界のからくりが分かりました、あとは永田にどう世界を直させるかですが……」


「それは難しいでしょうね」


「そんな、簡単に結論を出さないでくださいよ、何故です?」


 随分と判断が早いな、回りくどいのが嫌いな日比野さんではあるがこれはあまりにも決断が速い。


「考えても見なさいな、あたしたちがどれだけ苦情を言った所で永田ちゃんがこちらの言う事を聞くメリットは無いのよ? どちらかと言うとあたしたちが永田ちゃんの手の平の上に居るのだから」


「それはそうですが……ならいっその事永田を亡き者にしますか?」


「物騒ね、でもそれは多分不可能よ、ここが永田ちゃんの作り出した特撮順基の世界なら尚更、神である永田ちゃんを傷つける術は無いと思うわ、それにそもそも永田ちゃんはヒカリオンという特撮番組の登場人物としてカウントされていないだろうからこの世界のどこを探しても出てこないかもね」


「それなら何らかの方法で第三の世界に行って……」


「それもきっと同じ結果だわ、結局永田ちゃんをどうにかすることは難しいわね、失敗したらあなた今度こそお嫁さんにされてしまうわよ」


「じゃあ打つ手なしって事ですか!?」


「しっ、ひろみちゃん声が大きいわよ」


「あっ、ごめんなさい……」


 前に来た時と同じ失敗をしてしまった、頭に血が上るとつい声を荒げてしまう。


「ただあなたの報告を聞いていていくつか疑問が沸いたのだけれど」


「何ですそれは?」


「この今あたし達がいる特撮の世界とその第三の世界という元の世界と微妙に違う二つの世界の違いよ」


「違い……?」


 何もかもが違うと俺には思うが日比野さんはどう思ったのだろう、とりあえず聞いてみよう。


「言わずと知れた特撮の設定がそのまま現実になってしまっているこの世界はすでに出来上がっている設定の上をなぞる形であたし達は配役キャストとして生活させられている。

 でもあなたとあたしがして来たようにシナリオへのある程度の介入が可能、そうでしょう?」


「確かに」


 そう、俺と日比野さんだけは何故か永田の世界創造の力の支配から逃れ、ある程度自由に行動出来ている。

 しかもそれに対しての永田の直接的介入が無い。

 元のシナリオから外れたのなら奴なら強制的に修正してきてもおかしくは無いのに。

 ただテコ入れの形でアンコック将軍をけしかけるなどの妨害はしてきたようだが。


「そして第三の世界、あたしは行って見ていないのであなたの話しを聞いての憶測になるのだけれど、あなたは直接永田にウエディングドレスを着せられたり、教会に転移させられたりしたのでしょう? 実際その場で」


「そうですがそれが何か?」


 うん? 日比野さんは何が言いたいのだろう? 俺にはまだ理解できない。


「んもう、察しが悪いわね、永田ちゃんは特撮の世界はすぐにその場で介入が出来ないけど第三の世界では瞬時に介入が出来たってことをあたしは言いたいの」


「ああ、そういう事ですか」


「同じく永田ちゃんが造った世界なのにこの違いは何か……あたし思ったんだけど世界を造った順番、経験の差なんじゃないかしら」


「と言いますと?」


「永田ちゃんは特撮の世界を造ったのが初めての世界創造だったのよね?」


「はい、そんな感じの口ぶりでしたよ」


「なら色々と設定に甘さがあったんじゃないかしら、特撮の世界を尊重し過ぎて自分ですら後から大きく手を加えられない様にしてしまったとか……

 だからその反省を踏まえて第三の世界では逐一自分が手を出せるようにしたってことでどうかしら?」


「よくそんなに色々と考えられますね、尊敬しますよ……」


「あら、皮肉のつもり?」


「違います、本当にそう思っていますってば」


 なるほどね、そういう考え方もあるか。


「じゃあどちらかと言うとこの特撮の世界の方が安全なんですね」


「当面は……でしょうけどね、だけど永田ちゃんが最後に何を用意しているか分からないだけに不気味ではあるわね」


「俺たちが散々ストーリーを掻き回してますけどね」


「でも特撮番組ではよくある事なのよ途中でシナリオを書き換えるなんてことは……

 スポンサーの意向とか、視聴率が低迷したりでね

 最近じゃあまり聞かないけれど良くて番組の延長、悪ければ途中で打ち切りとか

 昔はよくあったのよおもちゃが売れて番組が延長するのって、今は最初から上限が一年ないし半年って決まっているからねぇ」


 日比野さんが回想に耽っている、昔ってあなたいま何歳だ?

 ちょっと待った、いまの日比野さんの話しに俺も閃いた事がある。


「あの日比野さん、ヒカリオンの放送期間って確か一年でしたよね」


「そうね、あの日曜日の朝の放送枠は伝統的にそうだから」


「ならこのヒカリオンを元にしたこの世界も最長でも一年で終わるんじゃ……」


 自分で言っていて背筋がゾクッとする、これはもしかして大発見なんじゃないだろうか。


「そっ、そうねそれは大いにあり得るわ……なんなら打ち切りにする事だってできるかも」


「それいいですね、わざと展開をマンネリにして面白くない展開にしたらそうなるかも」


「試してみる価値はあるかもねぇ、下手に展開を滅茶滅茶にするより効果あるかも」


「じゃあ早速明日からやってみましょう」


 


 そんな事があってさっきまでの展開を三か月も繰り返していたのだった。

 だが中々打ち切にはならない様で、かれこれ三クール目が終わろうとしている。

 しかしよく考えたらこの世界で起きたことが番組として成立して誰かに評価されている保証は無かった、もしかしたら打ち切り作戦は失敗かも知れない。

 ただ、だからといってここで戦いを止める訳にはいかない。


 残りあと一クール、三か月の間に何かが起きる事を期待して……。

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